退院後の不安

次の問題は私の退院後だ。どんな治療が待っていて、どのくらいの頻度で通院することになるのか皆目わからない。老健は老人ホームと違い在宅介護に繋げるためのリハビリを行う所で、原則として、3ヵ月から1年以内に退所しなければならない。最悪、がん治療を継続しながらの介護が待っている。自らの余命を宣告された後、残された日々を母親の老人ホーム探しに奔走した女性作家、Sさんのことが頭をかすめた。
 
考えてみると介護者のがんは、周囲を見回すとごく普通にある。特に認知症患者の介護者ががんに罹患するケースの多さについては、そのストレスを考えれば驚くには当たらない
 
舅を自宅で看ていたお嫁さん、母親を介護していた娘や息子などが、被介護者より先に亡くなるのは、珍しいことではなく、つい最近も、友人の妹さんが実母を見送った後に亡くなり、四十九日法要を母娘、一緒に執り行った。ワーカーさん、民生委員さんと話していてもそんな例はいくらでも出てくる。

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年寄りを自宅で看ていれば、要介護度に関わりなく、自分の体調は二の次、三の次になる。家に一人置いておくわけにはいかず、かといって自分が検査を受けたり治療するために遠方の病院に同行させるのも難しい。「病気が見つかって入院とか言われると、おばあちゃんを看る人がいなくなるので、いくら具合が悪くてもお医者さんには行かない」と当たり前のように語った知人もいた。
 
政策上意味がないと見なされるのか、こんなことは表には出ないし、話題にもならない。
 
高齢化が進み、寿命が尽きた後も死なせない医療技術だけが発達し、その一方で医療福祉関連の支出がふくれあがる中、負担を丸投げされた家族が形ばかりの公的支援の中で疲弊し、病み、次世代を巻き込んで崩壊していく。少子高齢化ばかりが元凶とされる問題だが、人も他の生き物と同様、生きて、寿命が尽きて死に、次世代に取って代わられる存在だ。その当たり前のことが忘れられ、自然な生死のサイクルが歪められている。その先にあるのはまさにディストピアだ。