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70年前の「中国建国」に立ち会った共産党老幹部との一問一答

ミニ毛沢東・習近平の高邁な理想と現実

70年前の10月1日

いまからちょうど70年前の10月1日午後3時、それまでの3年にわたる国民党との内戦に勝利した中国共産党を率いる毛沢東主席は、北京中心部の天安門の楼台に上がって、湖南省訛りの野太い声を、マイクに向けて張り上げた。

「同胞たちよ、中華人民共和国中央人民政府は、本日成立した!」

いわゆる「開国大典」である。

私は、今年8月に北京を訪問した時、この開国大典に立ち会った中国共産党の「老幹部」と会って、話を聞いた。すでに齢100近くになり、足腰は不自由だが、頭は明晰で矍鑠(かくしゃく)としていた。

老幹部は、遠い昔の記憶をゆっくり噛み締めるように、70年前の話をしてくれた。以下は、その回想である。

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「70年前のことは、忘れもしない。まるで昨日のことのように覚えている。秋晴れの清々しい日だった。

10月1日に建国の式典を執り行うという話が、北京の城内に広まった。そして、われわれ北京の共産党員の代表者たちが、その日の昼過ぎに、天安門前の広場に集められたのだ。市民たちも続々集まってきた。

当時私は、(西城区の)復興門近くに住んでいた。昼頃に車が迎えに来て、同志たちと同乗して、(東城区の)東交民巷まで行った。そして、そこから天安門まで、1時間くらい歩いた。

天安門の前にはこの日、30万人の市民が集まったと、後に発表された。たしかに、めいめいが旗を持って振ったり、歓声を上げたりと、ものすごい熱気だった。

 

私は、前方の席にいた。広場を覆い尽くした市民の笑顔が、まぶしかった。皆で、最高幹部たちが現れるのを待った。

午後3時前に、毛沢東主席と朱徳元帥が現われた。二人は順番に、100段の階段を上がって、楼上に姿を見せた。われわれは『毛主席万歳!』と、大きな歓声を上げ、旗を振った。

壇上には、急ごしらえのマイクが設置されていた。その前に立った進行役の林伯渠(中央人民政府委員会書記長)が、『開国大典を開始する』と宣言した。

林伯渠は、この日の直前に開かれた中国人民政治協商会議第1回全体会議で選出された毛沢東中央人民政府人民革命軍事委員会主席、朱徳人民解放軍総司令、周恩来中央人民政府政務院総理兼外交部長らを、順番に紹介した。毛沢東主席が中央に立ち、われわれから見て向かって右側に周恩来総理が、左側に朱徳元帥が立っていた。

続いて、国歌となった『義勇軍行進曲』の演奏が、音楽隊によってなされた。抗日戦争時代の映画(『風雲児女』)の主題歌だったこの曲が、国歌として演奏されたのは、この時が初めてだ。

その後に、毛沢東主席がマイクの前に立って、帽子をかぶり直した。そして左手に持った紙を読み上げて、中華人民共和国の開国を宣言したのだ。

毛主席の中国語は、湖南省訛りで聞き取りにくかったが、そんなことは関係ない。毛主席が建国を宣言した瞬間、湧き上がる大歓声の中、私は興奮して、涙が止まらなかった。武昌起義(辛亥革命)から38年を経て、われわれはついに、自分たちの手で人民の共和国を樹立したのだ」