あいちトリエンナーレ報告「公金支出は当然」という前提の奇妙さ

国民の批判に応えられるのか?

問題の本質は「公金支出の是非」だ

8月5日の本コラムで、あいちトリエンナーレでの公金支出基準の問題を取り上げた(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66348)。それを読んでもらえばわかる通り、当初から筆者は、この問題を「自由な表現が脅迫に屈した」というよりは「国や愛知県、名古屋市が公金を支出してまでも行うべき展示であるかどうか」という問題であり、その観点から見て好ましくないものであると考えていた。

9月25日、愛知県の設置した「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が96ページの中間報告を発表した。

翌26日、文化庁は約7800万円の補助金を全額不交付とすることを決定した。安全面の懸念を愛知県が文化庁に対して事前に申告しないなど、交付申請の手続きが不適当と判断されたからだ。

 

これに対して、左派マスコミは反発している。朝日新聞は、27日の社説で「あいち芸術祭 萎縮を招く異様な圧力」と主張。また愛知県の大村秀章知事も、補助金打ち切りについて「係争処理委員会で理由を聞く」としている。

いよいよ事態は、公費を巡る問題の様相を呈している。「表現の自由」などは建前であり、公費獲得という関係者の本音がやっと出始めたと筆者は見ている。

愛知県の中間報告では、「表現の不自由展・その後」が中止となった責任は、芸術監督である津田大介氏にあったとされている。例えば、報告書91ページには「誤解を招く展示が混乱と被害をもたらした最大の原因は、無理があり、混乱が生じることを予見しながら展示を強行した芸術監督の行為にある」としている。一方、大村知事らの判断については、ガバナンスの仕組みがなかったとし、やむを得なかったという見解だ。

有り体に言えば、この検証委員会は愛知県が設置した委員会なので、大村知事に甘く、現場責任者の津田氏に厳しい結論を出しているようだ。

報告書では、「表現の自由」と関係する記述が多く、検証ポイントは62に上っている。もっとも、筆者が関心を持っている「公金、公的施設の使い方としておかしい」という批判が多かったという事実も記している。