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『なつぞら』が描いた「昭和アニメ」の圧倒的魅力を振り返る

こんなにたくさんの作品があった

昭和30年代生まれが見た『なつぞら 』

NHK朝ドラ『なつぞら』はアニメーターの話であった。

戦後日本のアニメーションの歴史を、ひとつの視点からではあるが、通して眺めた部分があった。当時子供だった世代が過ごしていたテレビの風景そのものでもあった。

『なつぞら』で紹介されていたアニメをまとめて振り返っておきたい。

最初に漫画アニメーションが出てきたのは、まだなつが子供のころ(粟野咲莉ちゃんがなつを演じていたとき)、小学校の映画鑑賞で見た『ポパイ』である。『ポパイ アリババと40人の盗賊』というアニメーション映画だった(11話/4月12日放送)。『ふたりっ子』の岩崎ひろみが先生役として出て、楽しみですね、と案内していた。舞台はおそらく昭和21年。

 

この『ポパイ』作品は1930年代の短編映画だった。まだテレビのない時代、学校で漫画映画を見るというのは、とても楽しみだったのだろう。粟野咲莉ちゃんの満面の笑みが忘れられない。この娘の表情は貧しかったころの日本をあますとこなく表現していてすばらしかった。朝ドラ史上に残る子役である。

『ポパイ』はこの後、昭和30年代にテレビアニメーションとして日本でも毎週放送された。日曜夜の放送で、おそらく日本中の子供が見ていたとおもわれる。昭和33年生まれの私も物心つくまえから見ていたようで、よく覚えてないのだが(昭和34年から放送されたらしい)、あなたはとにかくポパイが好きで、ポパイを見せると機嫌がよかったと親に言われたことがある。まったく覚えてないが、そういうものだったらしい。
 
次に出てきたアニメはディズニーの『ファンタジア』だった。(33話/5月8日放送)
『ファンタジア』は1940年に制作されたディズニー映画だが、日本で公開されたのは1955年になってからだ。なつはすでに高校生。天陽くんと一緒に観に行っていた。
『ファンタジア』はミッキーマウスが出てくる「魔法使いの弟子」のシーンが有名だけれど、それは一部であって、全体としてはクラシックの名曲のアニメのプロモーションビデオのような作品である。

ウォルト・ディズニーがアニメを芸術にしようと懸命だった時期の作品であり、大人向けのアニメだとおもう。私は子供のころには見なかったが、大人になって見ても、ちょっと退屈だった(ごめんなさい)。子供のときに見たら、15分でぐだぐだしはじめていたとおもう。落ち着きのない少年向きのアニメではない。