なぜ砂漠に「未来のユートピア」が続々と誕生しているのか

中東の人工都市の正体

今、アブダビやドバイをはじめとする中東の砂漠エリアで、最先端の技術を駆使した人工都市や未来的な施設の開発が盛んだ。オイルマネーを駆使して、砂漠のなかにゼロから“ユートピア”を生み出すのはなぜか。建築史家の五十嵐太郎教授の話から、不毛の地と理想郷の両極を結ぶ線が見えてきた。

TRANSIT44号では、中東を始め世界のあらゆる「砂漠」を特集。壮大な歴史ロマンを感じさせてくれる彼の地は、今や未来を作るために世界中のテクノロジーが結集する場所でもある。

取材協力:五十嵐太郎

五十嵐太郎(いがらし たろう)
建築史家、建築批評家。東北大学大学院研究科教授。著書に『モダニズム崩壊後の建築―1968年以降の転回と思想』、共著に『ぼくらが夢見た未来都市』など。

新しい都市が生まれるとき

二酸化炭素排出量ゼロを掲げるアブダビの実験都市マスダール・シティ、省エネ性能の高い素材で建設されたドバイのサスティナブル・シティや、100年後の火星移住を目標に宇宙生活をシミュレーションしたドバイのマーズ・サイエンス・シティなど、中東のUAEでは次々と新しい街が計画されている。なぜ砂漠の国・UAEでは、人類の夢が詰め込まれた未来的な都市が生まれるのか。建築史家の五十嵐太郎教授に話を聞いた。

サスティナブル・シティ〔PHOTO〕(C)The Sustainable City
サスティナブル・シティ
2017年にできたドバイのスマートコミュニティ。住宅やビルごと太陽パネルが設置され、小単位でエネルギーを産出、消費する設計になっている。街中には温室があり、住民は新鮮な野菜を手に入れることができる。住宅、ホテル、モスク、学校なども建設していて、2000人の居住人口を目指す。
 

――まず新しい街ができるきっかけは大きくは「戦争」「資金」にあります。「戦争」という意味でいえば、たとえば第二次世界大戦で被害の大きかった東京、ベルリン、平壌などは、街を新しくつくり変える必要がありました。日本の場合、さらに地震や大雨などの天災が多いので、街が壊滅的被害を受けたときにも街をつくりなおすことがあります。

「資金」という点でみると、今あるパリの美しい街並みは19世紀のセーヌ県知事オスマンのパリ改造でできたものです。この時代、フランスは植民地政策で富が集積されていましたから、その資金でロータリーからのびる目抜き通りをつくったり、下水道を整えて清潔な街にしたりと大工事を行ったわけですね。今でもパリに旅行者が絶えない様子を見ると、大規模な都市改造はよい投資だったといえるでしょう。