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知らないうちに「名義変更」されて自宅を失った高齢妻の悲劇

相続は 「早いもん勝ち」に…

失ったのがおカネであれば、「自分の不手際でもらえる遺産が減った」とあきらめもつく。だが、自宅はそうではない。愛着ある「終の棲家」を、あっという間に奪われる、その一部始終を見ていこう。

知らない男が訪ねてきて…

「山口さんはいますか?山口さん?」

スーツ姿の男が何度もインターホンを鳴らし、人目もはばからずに大声で自分の名前を叫んでいる。この男はつい2日前にも、さらにその3日前も自宅を訪ねてきた。

関東近郊に住む山口弘子さん(75歳・仮名)がしぶしぶドアを開けて招き入れると、男は食卓に書類を広げ始めた。

「先日も申し上げましたがお宅の所有権の2分の1は、弊社が取得しております。残り2分の1をお売りいただけない場合は最悪、裁判所に共有物分割請求訴訟を提訴させていただきます」

男は早口でまくしたてる。何を言われているのかほとんど分からないが、「訴訟」という響きに、山口さんの背筋は凍った。男はこう続ける。

「旦那様も亡くなられて、お辛いときかとは思います。とはいえ、この広い家に住み続けるよりも、コンパクトな家か施設にお引っ越しされてはいかがでしょうか?」

男は急に話すペースを落として、最近の老人ホーム事情を語り始めた。山口さんは「はあ、そうですか」と返すばかりだ。しかし男は最後に語気を強めて、

「早く決めていただかないと困ります。こちらもこの家の権利を持っているんですから」と言い残し、山口さんの自宅を後にした。

これから先も男はやってくるのだろう。山口さんは、家の権利を業者に売却して引っ越すことに決めた。元々、自宅の価値は2000万円ほどだったが、山口さんが手にした金額は、750万円ほどに過ぎなかった。

さらに、居を移してから待っていたのも辛い日々だった。山口さんが本誌記者に語る。

「住んでいるのは木造アパートの8畳一間。引っ越しをしたので近所に知り合いもおりません。まったく誰とも話さない日もざらにあります。

夫が約30年前に建てたマイホームがあり、それが『終の棲家』のはずでした。夫がいて、息子がいて、あの頃が懐かしくてたまらない」

 

なぜ山口さんは、こんな悲惨な状況に追い込まれてしまったのか。

実は、これは他人事ではない。本誌が報じてきたように、今年の7月1日からは、「早いもん勝ち」相続によって、高齢の妻が自宅を失うリスクが高まっているのだ。

これまでは「妻に家を相続させる」という遺言書さえあれば、そのとおりになるのが常識だった。しかし「早いもん勝ち」では、相続人が勝手に家の所有権の持ち分を名義変更して、売却することができてしまう。

高齢になってから、自宅を失うのは危険だ。引っ越しのストレスからうつになる人も多く、不慣れな住宅では転倒のリスクも高い。認知症が進行してしまうこともある。

「早いもん勝ち」からどんなふうに家を失うまでに至るのか。前出の山口さんの実例をもとに、その実態をみていこう。