爆笑問題・太田光がハマった『お前はただの現在にすぎない』とは?

テレビとは何か、テレビに何が可能か
碓井 広義 プロフィール

1969(昭和44)年、萩元はTBSにおける後輩であり仲間でもある村木良彦、今野勉と共に一冊の本を出版する。当時の状況の克明な記録であり、「テレビとは何か」を徹底的に考察したこの本が、『お前はただの現在にすぎない~テレビになにが可能か』(田畑書店刊、後に朝日文庫で復刊)だ。

「お前はただの現在にすぎない」とは、トロツキーの言葉だそうだが、原典を確認してはいない。3人が書いた、通称『ただ現』は、後にテレビ界を目指す青年たちのバイブルとなる。なぜなら、この本は、制作者自身がテレビの<本質>に迫った、画期的なドキュメントだったからだ。

この本には、当時の様々な言葉が集録されている。議事録、声明文、ビラ、発言、証言などだ。その間を縫うように、3人の制作者の<問い>が続いていくのだ。テレビとは何なのか。テレビに何ができるのか。テレビの表現とはいかなるものなのか。それらの問いかけは、彼らにとって「お前はいま、どう生きているのか」という問いと同義だった。

3人の制作者は探り、自問自答していく。

「テレビは時間である」
「テレビは現在である」
「テレビはドキュメンタリーである」
「テレビは対面である」
「テレビは参加である」
「テレビは非芸術・反権力である」

そして、さらに書く。

「テレビが堕落するのは、安定、公平などを自ら求めるときだ」と。

 

日本初の番組制作会社「テレビマンユニオン」誕生

60年代末。それは国内で学園紛争、国外ではベトナム戦争という騒然たる時代だった。

共著者である村木良彦も今野勉も、萩元に負けず劣らず個性的で優れた制作者だ。しかし、国の許認可事業としての放送局を経営する側から見れば、彼らは会社の言いなりにならない“危険分子”と映ったかもしれない。ひと癖もふた癖もあるこの男たちが、自由に番組を作ることを許すわけにはいかなかった。

やがてTBS闘争が沈静化し終息に向かうころ、彼らは「ものをつくるための組織」「テレビ制作者を狭い職能的テリトリーから解放する組織」、つまり「テレビマンの組織」をつくることになる。実現へ向けて、水面下で難しい地ならしを行ったのは、村木や今野と同期入社の吉川正澄(きっかわ・まさずみ)だ。

1970(昭和45)年2月25日、萩元、村木、今野、吉川たちTBS退職者に、契約・アルバイトのスタッフも加えた総勢25名が、日本初の番組制作会社を創立した。「テレビマンユニオン」の誕生である。それは、番組をつくること、流すこと、その両方を放送局が独占的に行ってきた日本のテレビ界にとって一種の革命だった。

萩元は、皆に推される形で初代社長となる。この時、連日の話し合いの中で決めた組織の基本三原則は「合議・対等・役割分担」。それはテレビマンユニオンの創立から半世紀近くが過ぎた現在も生きている。

三原則の意味について、萩元はこう語っていた。「経験年齢とは一切関係なく全員が“対等”で、その運営は“合議”でなければならず、社長は選挙によって選ばれた者が“役割分担”する。全員が“やりたいことをやる”ために」。

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