コーヒーの味は淹れ方で変わるのか? 科学的に考えてみた

コーヒー好きなら知っておいてほしい…
旦部 幸博 プロフィール

ドリップ式はクロマトグラフィー

ここまでの説明で、大学で分析化学を習った人ならピンときたかもしれません。じつはこのモデル、成分の分離や分析に使う「クロマトグラフィー」の原理を応用したものです。

「何それ?」と思った人も、濾紙でインクの色素を分ける実験なら、小中学校の自由研究などで見た覚えがないでしょうか。

 

細長く切った濾紙を縦に吊るして、下から3㎝くらいの場所にインクを1滴付け、紙の下端を水に浸けます。

この実験はペーパークロマトグラフィーと呼ばれ、毛細管現象で水が昇るのと一緒にインクの色素も移動しますが、成分ごとの移動度の違いから、一色のインクが何色かに分かれるのが観察できます。

ペーパークロマトグラフィーの実験(Photo by iStock)

これと同じ原理で、ガラスの筒(カラム)にシリカゲルなどを入れて層(固定相)を作り、上端にインクを乗せてから溶媒(移動相)を流して分離するのが「カラムクロマトグラフィー」。先ほどのコーヒー抽出モデルはその応用で、開始時にインクが上端だけでなく、固定相全体に均一に分布している場合に相当します。

カラムをいくつかの段に分ける考え方は、クロマトグラフィーの原理を説明するときに用いる手法で「段理論」と呼ばれます。クロマトグラフィーでは、成分を分離する性能が多くの要因によって複雑な影響を受けますが、段理論を使って考えると、仮想した段の総数(理論段数)が分離能を決定する単一のパラメータになるため、各要因による影響を考えやすくなります。

流速は特に大事な要因です。前節の例では「全体を30秒かけて通過する」5段のカラムを仮定しましたが、60秒かけて流れるよう流速を遅くすると、10段に近似可能になって分離能が向上します。ただし、ある程度までは流速が遅いほど段数が増えるのですが、あまりに遅いと隣り合う段同士での成分の拡散が無視できなくなり、境界が曖昧になる分、段数は減ります。

また「各段が平衡に達するまで6秒」と、浸漬モデルよりずっと短くしたのは、各段で粉と接する水の量が十分に少ないと仮定したためです。

厳密に言うと、成分移動のプロセスには粉から水、水から粉への移行のほか、粉の中、水の中での成分拡散も影響し、水の割合が粉より大きい浸漬モデルでは、水中の成分拡散に要する時間が無視できない分、見かけ上の移行速度が小さくなるのです。

透過抽出ではこれを無視できる、としたわけですが、抽出中に水が貯留するなどして、この前提が崩れると段数が減ってしまいます。このほか、他の条件が同じなら太くて短いカラムより、同じ体積のまま細くて長くした方が段数は増えるなど、いろいろな要因が関与します。

成分をきれいに分離するのが目的のクロマトグラフィーでは、理論段数は大きければ大きいほど望ましく、実験室で使う長さ数十cmのカラムでも数十段、成分分析用のHPLC(高速液体クロマトグラフィー)やGC(ガスクロマトグラフィー)では、なんと数千~数万段にも上ります。

一方、コーヒーの抽出で重要なのは「おいしくなるかどうか」ですから、それほどの分離能は必要ないと思われます。ただ、ドリップ抽出するとき、お湯の注ぎ方一つで味が変わる理由を、段理論から説明可能です。

極端に溶け出しやすい成分や溶け出しにくい成分の出方にはあまり影響はありませんが、ドリッパー内の粉層の厚みを保ちながら、ゆっくりと、ただし中で貯留しないようお湯を注ぐと、その中間に当たる成分が抽出前半に濃縮され、全体的に濃度感が増すと同時に、成分のバランスも変わって味が変わるというわけです(図5)。

図5 理論段数と成分パランス(出典:『コーヒーの科学』)

コーヒーの抽出の奥深さがおわかりいただけたのではないでしょうか? 

『コーヒーの科学』では、これらの理論をもとに、実際のコーヒー抽出への応用もくわしく解説しています。どの成分がどんな味のもとになるのか、それは溶け出しやすいのか、溶け出しにくいのか、……などなど、科学的に自分好みのコーヒーを追求したい方はぜひご一読ください。