「長く抽出しすぎるとまずくなる」、「おいしい成分は最初にすべて出てしまう」……
巷にはコーヒーの「おいしい淹れ方」の解説があふれていますが、淹れ方によって味が変わる、その本当の理由をご存じでしょうか?
今日は「コーヒーの日」にちなんで、抽出方法とコーヒーの味の関係を科学的に徹底的に解説します。(本文はブルーバックス『コーヒーの科学』より)
コーヒーの入れ方は大きく分けると二種類
コーヒーの抽出法はさまざまですが、その基本原理から二つのタイプに大別されます。一つは、コーヒー粉と抽出に使う水を一度に混ぜるタイプ、もう一つはコーヒー粉で層を作り、そこに水を通過させるタイプです(図1)。

前者は「浸漬(しんせき・しんし)抽出」と呼ばれ、直接火にかけて加熱しながら煮出すものと、水やお湯に漬けるだけのものに細別する場合もありますが、抽出原理そのものは同じです。コーヒーサイフォンやプレス式、ターキッシュ(トルコ)コーヒーなどが該当します。
一方後者は「透過抽出」と呼ばれ、ドリップやエスプレッソ、ダッチコーヒーなどがこのタイプです。なお、紅茶は典型的な浸漬抽出です。
浸漬抽出の基本原理
さて、ここからちょっと高校物理の演習問題みたいな話になりますが、コーヒーの抽出を理解するため、単純化した理論モデルに置き換えて、その基本原理を考えてみたいと思います。
まずは原理が比較的単純な浸漬抽出からはじめましょう。
モデルとして、コップの中に一定量のコーヒー粉と水(お湯)を一度に全量入れたあと、攪拌しながら一定時間おきに液を取り出し、その中の一成分(成分Aとします)の濃度を測定する実験を考えます。なお、話をできるだけ単純化するため、粉の吸水や成分濃度の偏り、成分同士の相互作用などは無視できることにします。
抽出スタートの時点では、成分Aの全量が粉に存在し、それが徐々に水へと移動していきます。ここで気をつけなければならないのは、どれだけ長い時間が経過しても、成分Aが100%すべて水に移動するわけではない点です。
じつは抽出中、成分Aは粉から水に移動するだけではなく、水から粉へも移動しています。ここが食塩や砂糖などを水に溶かす「溶解」と異なる部分で、物理化学ではこのような現象を「分配」と呼びます。この例は、成分が粉と水の二つの相に分配されるため「二相分配」、あるいは固体と液体間の分配なので「固液分配」と呼ばれます。

成分Aがある相からもう片方の相へ移行する、時間あたりの成分量(移行速度)は、移動元になる相での濃度が高いほど大きくなります。
抽出の開始時点では、粉の中における成分Aの濃度が最大で、水にはまったく含まれていないので、粉から水への移行速度が最大、かつ水から粉への移行速度は0です。
しかしやがて粉中の濃度が減少し、代わりに水中の濃度が増加することによって、粉から水への移行速度が減少、水から粉への移行速度が増加していき、この両方の速度が釣り合った時点で、見かけ上もうそれ以上、成分が移動しなくなります(平衡状態)。
実際のコーヒーに含まれている成分はもちろん1種類だけではありません。そこで次に、親水性が高くて溶け出しやすい成分Aと、親油性(疎水性)で溶け出しにくい成分Bが含まれる場合を考えてみましょう。
成分Aは速やかに抽出されて平衡に達するのに対し、成分Bはゆっくりと抽出され、平衡に達したときの濃度も低くなります。抽出液全体を考えると、時間が経つにしたがって成分量の総和が上昇すると同時に、最初は成分Aの割合が大きかったものが、次第に成分Bの割合が増えていきます。
「時間が経つにしたがって濃くなるとともに、溶け出しにくい成分の割合が増える」
……これが浸漬抽出での抽出曲線の「基本形」です(図2)。