世界を支配する「少数派」が利権の温床となる「これだけの理由」

関電事件の背景をよく考えてみよう
大原 浩 プロフィール

免許制度も少数利権の保護が主たる目的である

もちろん、少数派利権集団が牛耳るのは農業だけではない。国家による免許制度も、概ね少数派利権集団の思惑によって動かされている。

建前上は、顧客(消費者)保護のための免許制度だが、実態はそのようにはなっていない。

それに関しては、1976年のノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンの著書「資本主義と自由」(筆者書評参照)で明快な解説が行われているが、要するに顧客(消費者)保護のためであれば、国家による免許制度ではなく、「格付け制度」で十分であるということである。

最近では、医師や弁護士の評価サイトが伸びてきているが、その事実こそ、医師や弁護士の能力が「国家資格」では担保されないことの証明である。

一度、資格を取得してしまえば、犯罪行為などが無ければ終身で与えられる資格は、本人の実力を証明する手法としては不十分である。資格を取得してから半世紀もの間に、世の中や技術が変化するし、本人自身も変化する。

例えば、運転免許が5年ごとに更新されるのは当然と思われているし、池袋暴走老人事件をきっかけに、高齢者に亡くなるまで運転免許を与え続けることの是非も論じられるようになった。

特殊技能が要求されるから免許制度が存在するのに、その技能を「評価」するシステムが存在しないのは、まったくもって理不尽である。

国家が評価するといっても、政府に専門分野に堪能な人材が多数いるわけではないから、結局は医師会や弁護士会の「身内による審査」になる可能性が高い。それでは、公正な評価は期待できないであろう。

 

それに対して、ミルトン・フリードマンは現状の免許をすべて「登録制度」にすることを提案する。

確かに、自分の体をメスで切り刻んだり、毒物(薬はすべて量によっては毒物になりうるので処方箋が必要)を投与する人物の身元がわからないのは不安だから、身元を明らかにするために登録制にするのだ。

ただし、ライセンスを与えたり、評価をするのは民間の複数の機関が行う。

例えば、スキューバダイビングの国際ライセンスと呼ばれるものは、米国などの民間機関が発行している。また、金融機関においては格付け機関が発達していて、十分機能している。

ライセンス発行機関や格付け機関は、「誰にライセンスを与えたか」「格付けの結果は妥当か」をめぐって、ライバルの機関と争わなければならないから、適正な行動を行うよう圧力がかかる。

医師の問題は、患者の生命に関わることなので、難しい議論が起こるが、現状の医療過誤訴訟などを見ていると、国家の免許制度が十分機能しているとは言えない。

むしろ、民間評価機関が、医師(医院)の治療状況と回復率、訴訟件数などを公開すれば医師の質が全体として向上するように思われる。

医師の過重労働がよく問題になるが、そのような過剰労働になるのは、医師会の圧力によって医学部の新設が行われず、既存医師の利権を守るために医師の新規供給が限定されるからだ。

足りなければ供給を増やせばいいという市場原理を無視して、医師会という少数利権集団が「最大多数の最大幸福」に危害を加えているのである。

いわゆるモリカケ騒動は、国会を空転させ、その莫大な(国会運営)費用を国民の血税から支払わせたが、加計学園問題の本質は獣医師の利権である。獣医師会も、獣医学部の新設を妨害し少数派利権を守ろうとしており、そのことが問題の底部に横たわっている。

実際、官僚や役人は常に「非効率・無能」と批判されるのに、彼らに重要な免許制度をゆだねるのは奇妙な行いである。

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