10月 2日 安政の大地震が発生(1855年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

安政二年(1855年)のこの日の夜、江戸に直下型大地震が発生しました。

この「安政江戸地震」は夜四ッ時(午後10時)ごろに発生。地震のタイプは、最大の被害域が江戸市中の中心部にあったことから、内陸の直下地震であると考えられています。

地震による建物等の損壊は80%を超え、倒壊消失した町人家屋は約1万4000戸、江戸市中の死者は約7000人から1万人と推定されています。特に、日比谷の入江の埋立地、本所、深川などの低地の埋立地では被害が顕著だっということです。

近代的な地震観測がなされる以前でしたので、正確にわかってはいませんが、震央は被害の中心から推定して、東京湾北部から江東区付近、規模はマグニチュード7程度、震度は6弱から6強と考えられています。

  安政江戸地震の様子(当時の瓦版から) original picture by public domain

「安政の大地震」というと、江戸でおきたこの地震を指すことが多いのですが、安政年間(1854年~1860年)に日本全国で群発した地震を総称して言う場合もあります。

〈おもな安政年間に起きた地震〉

  • 安政東海大地震(発生は嘉永七年だが、直後に改元されたため安政地震に含むことが多い)
  • 安政南海大地震(発生は嘉永七年だが、直後に改元されたため安政地震に含むことが多い)
  • 飛騨地震(安政二年)
  • 安政江戸地震(安政二年)
  • 安政八戸沖地震(安政三年)
  • 芸予地震(安政四年)
  • 飛越地震(安政五年)

※安政東海地震、安政南海地震、安政江戸地震を「安政三大地震」という

小石川の水戸藩邸では、藩邸長屋が倒壊し、水戸学者として知られる藤田東湖(ふじた とうこ、1809-1855)や水戸藩家老の戸田忠太夫(とだ ちゅうだゆう、1804-1855)などが圧死したそうです。人望が高かった東湖や忠太夫を失った水戸藩は、天狗派と保守門閥派に分裂して抗争を繰り返して衰退し、後の桜田門外の変へとつながっていったとされています。

このように、安政年間におきた複数の地震は、社会にも大きな影響を与えたことがうかがわれます。

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