このように私たち夫婦は、「平等が生む不平等」は古いジェンダー観が強く残る社会ほど強まる傾向があると実感している。そして、だからこそ、多様性への理解という面で欧米よりも大幅に遅れを取る日本では、その分、問題の深刻さが大きくなっているのだ。

夫側がどれだけ意識できるか

では日本においてジェンダー観の遅れを取り戻し、問題を解決に向かわせるには何が必要であろうか。

前述のように「平等が生む不平等」は、夫婦が平等に達さなくとも平等に向かう行動を取っただけで起こってしまう。正直なところ、私たち夫婦も平等には達していない。その原因は未だ男尊女卑が色濃く残る日本で育ったことで染みついた私の潜在意識にあり、情けないことに結婚から10年以上経った現在でもそれを払拭しきれていない。

おそらく日本の夫婦の大半はまだこのように不平等な段階にいるのではないだろうか。その中で、個々の夫婦が、そして社会全体がどこまで平等な形に近づけるかは、夫側がどれだけ「平等が生む不平等」を意識し続けられるかにかかっていると私は考えている。

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「平等が生む不平等」は、平等を目指す夫にはそのレベルで満足するように促し、妻にはそれ以上不満を持つなと警告する、周囲との違いを許さない同調圧力の一種である。その圧力に立ち向かうには、夫が不平等な称賛に溺れて改善する歩みを止めてしまってはならないのだ。