ねじれの発端は高度経済成長期

家事は、人によって得意なこと、不得意なことが異なる。料理が好きな人もいれば、掃除が得意な人もいる。全部が好きな人も、家事全般に苦手意識を持つ人もいる。厄介なのは、どこまでやれば正解なのか基準がないことだ。

家事は、お金と引き換えに依頼される仕事とは異なる。日々の食事を、どこまで手作りし手間をかけるのか。何種類作るのか。献立にどのぐらいバリエーションを持たせるべきなのか。掃除や洗濯は毎日するべきなのか。日々拭き掃除をする必要があるのか。洗濯は、洗濯機を回す前に下洗いをするべきなのか、手洗いするべきなのか。

多くの家事の担い手は、自分なりの基準を持っている。そのベースにあるのは、自分が育った家庭で、母親が行っていた家事のイメージであることが多い。今も昔も、家事の責任を担ってきたのは、主に女性たちだからだ。

日本では、女性が家庭と仕事を両立しづらい時代が続いてきたため、家庭を持ち子育てしてきた女性の多数派は、専業主婦だった。しかし今、仕事を持ちながら家事の責任を担う女性が増えてきた。

このライフスタイルの変化が、実は「ていねいな暮らし」が流行ると同時に、その理想に複雑な気持ちを抱く女性の増加とつながっている。今のねじれの発端は、高度経済成長期である。

9月に発売された拙書『母と娘はなぜ対立するのか 女性をとりまく家族と社会』(筑摩書房)でも書いたが、日本ではこの頃に専業主婦が既婚女性の多数派となり、「ていねいな暮らし」が理想化される時代が始まった。