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「ごん狐」作者が「親中・親韓」の童話も書いていたことをご存知か

いま以上に差別・排外感情が強い時代に

“親中”“親韓”をモチーフにした童話

隣国に対する憎悪の言葉が、街頭にもメディアにも溢れかえっている。経済関係が安定しているアジアの大国に対しても、嫌悪感を露わにする日本人は少なくない。国家の体制や政策、元首の言動への反発・反感を、その国に暮らす人々にも向けることが妥当でないことは明らかだ。

こうしたいびつな対外関係のさなかに、ぜひ読んでもらい文学作品がある。作者は新美南吉。だれもが一度は読んだことがある、「ごん狐」や「手袋を買いに」の童話作家の作品だ。

動物の自己犠牲や母子の情愛を描いた新美南吉が、“親中”や“親韓”をモチーフにした童話を書いていたとは意外に思われるかもしれない。しかもそれらの作品が書かれたのは、令和のいま以上に、他民族への差別意識、排外感情が強い時代だったのである。

 

中国人に助けられた日本兵の話

新美南吉は1913年、愛知県半田町(現在の半田市)に、畳屋を営む父渡辺多蔵と母りゑの次男として生まれた。幼い頃に生母と死別し、祖母に預けられたり、継母に育てられることになる。

中学時代から童話や詩を書き始め、東京外国語学校英語部(東京外国語大学の前身)に進学。10代の末には児童文学雑誌『赤い鳥』に投稿するようになり、「ごん狐」もそこに掲載された。

南吉は『赤い鳥』に最初、「窓」をはじめとする童謡が入選。童話では1931年8月号に「正坊とクロ」が初入選し、以降「張紅倫」(同年11月号)、「ごん狐」(32年1月号)などが入選・掲載されていった。

筆者が、類例の少ない“親中童話”だと評価し、当時もいまも変わらない“日中友好”の困難を描いた名作だと考えるのが「張紅倫」である。