「離婚後子育て応援弁護士」――そう呼ばれている古賀礼子さんは、自ら離婚を経験した3人の子の母親だ。その3人のお子さんは古賀さんとずっとともに暮らしているが、なんと3人とも姓が異なるのだという。それには明確な理由があった。

FRaU Webにて多くの「子どものいる離婚」を伝えてきたライターの上條まゆみさんが改めて古賀弁護士に聞く、離婚の理由、そして再婚の形とは。

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大学の同級生と別姓婚・パパの育休

東京郊外の法律事務所に勤める弁護士の古賀礼子さん(40歳)は、11歳、4歳、3歳の子どもの母親だ。大学の同級生だった元夫とは28歳で結婚し、31歳で離婚した。 
「大学1年生のとき同じクラスで知り合い、9年間付き合って結婚しました。当時、私は司法試験を目指して勉強中でしたが、元夫は大学院などを経て公務員として就職が決まり落ち着いたところだったので、そろそろ……と自然な流れで結婚を考えたんです」 

同じ学び舎でともに社会学等を学び、男女平等や夫婦別姓などの社会問題を語り合いながら愛を育んだ。意識の高い者同士、ジェンダーにとらわれない新しい形の結婚を目指そうと意気込んでいた。

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古賀さんは大学卒業後、(旧)司法試験を何度か受けていたがなかなか受からずにいた。そのうち(新)司法試験が始まり、古賀さんは信州大のロー・スクールに入学すると同時に、結婚を考えることとなった。

元夫は職場のある東京、古賀さんは長野に住む別居婚の形を描く中、子どもを身ごもった。在学中に産んで育てておけば、晴れて弁護士になったときにキャリアと育児を両立したい次世代への応援になるだろう。戦略的な妊娠だった。

「もちろん母子の健康には最大限の配慮をするつもりでしたが、幸いにも妊娠の経過は順調で、出産予定日はロー・スクールの春休み間近。春休みが終わったあたりで元夫が育休をとりつつ、長野は待機児童が少ないので保育所もすぐ見つかれば両立できるだろう、と。あとは私が頑張って、司法試験を突破しさえすれば、という状況だったんです」