私たちを魅了する〝京の異界〟に潜む、京都を京都たらしめるカラクリ

もうほんまもんの京都なんてありません
西川 照子
 

この「花かんざし」の話は、今の京都を象徴している。あの祇園の舞妓さんが、上手の造花式の花かんざしを付けることが出来ない。舞妓さんも、生粋の京都人ではない。殆どが地方出身者。

祇園の衰退?──「いえいえ、増々の繁盛。だあれもほんまもんの舞妓さん、知りませんし、〝もどき〟の舞妓さんの方が初々しくていいのでしょう」。

芳子さんの「花かんざし」は、もうないけれど、「つまみ式」の花かんざしは、舞妓さんの髷でユラユラ揺れている。これでいいのだ。

建仁寺エーサイのスゴさ

『京都異界紀行』では「もうほんまもんの京都なんてありません。京都らしゅう見せる〝カラクリ〟があるだけ。けどそのカラクリに惑うのが楽しいから、人々は京の〝異界〟に入ってゆくのです。すると1200年前の、中世の、近世の京都が、不思議なことに見えてくるのです」。

そのカラクリの例を一つ挙げるならば、建仁寺。通称けんねんさん。ここに本物の京都がある。しかしそれが見えないので、観光客は近くの清水寺へ急ぐ。確かに建仁寺境内には取り立てて〝見る物〟はない。けれどかつて、ここに栄西という妖僧がいたこと、「火屋」という火葬場があったこと、そのことを知って、建仁寺に立つと、見えてくるものがある。

建仁寺(photo by iStock)

「建仁寺栄西」は臨済宗の高僧なんかじゃない。「庶民のエーサイさん」だ。彼は「力の者」と通じ、妖術を扱っていた。後に真宗が独占する「火屋」を一早く作った。庶民の亡骸を素早く「あの世」に送った。

建仁寺の塔頭・六道珍皇寺の境内中央には六角堂の「へそ石」ではないが、本尊の薬師如来、小野篁さん、えんまさんに見守られるように、平たい台のような〝石〟が鎮座している。ここに「座棺」に入った亡骸が置かれた。それを隠亡(おんぼう)さんが担いで、鳥辺野に「エーサイ、エーサイ」(エッサ、エッサ)と運んでゆく。

「建仁寺栄西」は、葬送を司った。「弔う」ということの尊さを、私は建仁寺に立って知る。

『京都異界紀行』で知った「建仁寺栄西」は本物でした。ただエーサイさんのスゴさを、あえて見せないというところに〝異界〟のカラクリがある。

建仁寺が擁する花街・宮川町は、祇園とはちょっと違って、舞妓さんより「おねえさん」たちの人気が高い。本物の芸を見せてくれる芸妓さんたちだ。もう「花かんざし」は付けていない。でも〝花〟がある。この花、仏の花。泉涌寺(せんにゅうじ)の塔頭(たっちゅう)・即成院(そくじょういん)の「あの世」と「この世」を結ぶ行事「お練り」。

そこにその〝花〟の正体がある。