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私たちを魅了する〝京の異界〟に潜む、京都を京都たらしめるカラクリ

もうほんまもんの京都なんてありません

花かんざしは贅沢に

 

京都祇園、八坂神社の近くに「花かんざし」の店があった。いや、今もある。金竹堂と言う。その店先で主の定永芳子さんと話をしていると、舞妓さんがやって来た。

「おばちゃん、これ修理してもらえます」。

芳子さんは、舞妓さんの差し出した花かんざしを手に取って、「もう買い替えたらどうや」と言う。

「へえ」。

舞妓さんは、頭を下げて、花かんざしを芳子さんの掌の上に置いたまま店を出てゆく。芳子さんは苦笑いしながら、「きつい言い方しまっしゃろ。けど、祇園の舞妓なら花かんざしはきばらな。貧乏くそう見えたらあきません」。確かに。〝花〟が売り物の舞妓さん。花かんざしは贅沢しないと、ということか。

芳子さんは意地悪で言っているのではない。その証拠に、舞妓さんたちは芳子さんを「おばちゃん」と呼んで甘えている。金竹堂に来る舞妓さんは「京の本物」を知っている。

八坂神社から見た四条通(photo by iStock)

明治時代の道具が生み出すかんざし

花かんざしは、2つの技術で成り立っている。造花式とつまみ式(昔はもっとあった)。その造花式の〝技〟を持つのは、もう芳子さんただ一人であった。なぜか。その工程があまりに複雑なのと、花びらとなる羽二重の布以外は、みな自分で作らなくてはならないからだ。

糸を染め、その糸を、和紙を巻いた針金に巻いて、茎を作る。これはいいのだ。手間さえ惜しまなければ、出来る。今のところ、蝶のヒゲとなる鷺の羽根も、花芯(にほひ)の鹿の毛も手に入る。材料は、何とか調達出来る。しかし道具がない。造花式は、鏨(たがね)で、羽二重を花びらの形に打ち抜くのだが、その鏨がない。この道具を作れる人がいない。

芳子さんの使う鏨は3代前の明治時代のもの。もちろん、その鏨と同じものを、と職人さんに注文したが、その出来上がってきた鏨では、どうしてもうまく花びらが抜けなかった。それでまた元に戻って明治のものを使っている。「道具がへたったら、もうおしまいや」。