FRaUWebでも、緊急避妊薬や人工中絶の問題などで、寄稿している産婦人科医の遠見才希子さん(35歳)。彼女は、「えんみちゃん」のニックネームで医学生時代から、全国のさまざまな中学校や高校で性教育の講演を長年行っている。

そんな遠見さんは、過去に流産を経験している。産婦人科医として、患者で訪れた数え切れないほどの流産の女性たちに手術をしてきたが、実際に経験してみると、体への負担はもちろん、心にも大きな痛みが残ったという。そして日本で行われる流産・中絶医療に対する疑問が強くなったのだ。

医師として女性として感じた、流産(中絶も含め)の日本の医療対応の問題点を本音で語ってもらった。

私の中にあった命が止まった、そのとき……

待望の「妊娠反応陽性」。子宮の中に「胎のう」という赤ちゃんが育つ袋が見えたとき、私は、ホッとひと安心すると同時に、お気に入りのペンで手帳に「分娩予定日」と、産休に入る時期を書き込んでワクワクした。産婦人科医という職業柄、順調に妊娠が続いて出産できることは奇跡であることを知っているはずなのに、心の中で舞い上がっていた。翌週の超音波検査で見えた赤ちゃんは豆つぶのように小さかったが、それでも心臓はピコピコ動いていて愛らしかった。

しかし、その後、赤ちゃんの心臓は止まってしまった。妊娠7週の稽留(けいりゅう)流産だった。

流産は、妊娠22週より前に、胎児の発育や心拍が止まり、妊娠が終わることだ。妊娠が確認された人の約15%、年齢によってはそれ以上の確率で流産が生じる。そのほとんどが妊娠12週未満の初期流産だ。自然に出血や腹痛とともに子宮内容の排出が始まったものを「進行流産」といい、症状がなく子宮内にとどまったものを「稽留(けいりゅう)流産」という。

「妊娠した女性の約6人に1人は流産します。原因の多くは染色体異常で、受精卵の時点で運命が決まっています。だから、あなたのせいではありません。仕事や、運動のしすぎなどが原因ではありませんよ」と、私がそれまで数えきれないくらいの流産の患者さんに対して説明をしていた、よくある初期流産だった。

初めて流産の当事者になって私が感じたことは、流産後にどんな言葉をかけられても救われることはないということだった。流産は一定の確率で起こってしまうことだと冷静に理解していても、まさに心にぽっかり穴があいたような喪失感だった。

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