大停電の千葉で私を襲った、老親世代との「想像を絶するトラブル」

館山市に暮らす作家の「私的体験報告」
こかじ さら プロフィール

午後7時、電気が復旧していないため、兄夫婦と叔母一家は今夜も我が家へ避難してきた。

あり合わせの材料で作った夕食をとっていると、車で20分ほどの鋸南町に住む知人がやって来た。

「すみません。子どもが熱を出したんで、アイスノンか氷があったら分けていただけませんか」

困ったときはお互い様。冷蔵庫にあるだけの氷を袋に詰めて、手渡した。

「ここに来るまで、信号も街灯も消えていて真っ暗だった」という知人を、「気をつけて」と送り出す。

この時点で、義理の姉は実家の父親とまだ連絡がとれていない。

 

被災した家から動かない義姉の父

9月11日(水)大停電3日目

午前8時、洗濯をしつつテレビの情報番組をボーッと観ていると、館山市の被害を伝える映像に、屋根が丸ごと飛ばされ途方に暮れている男性の姿が映った。

えっ……? その男性は高校の同級生だった。

放っておくわけにはいかない。ポカリスエットと昨日の夕方スーパーで手に入れた菓子パンと、ティッシュとトイレットペーパーを持って、自転車で家を飛び出した。

「テレビ観てたら、突然、鈴木君(仮名)のウチが映ったからびっくりして」
「テレビって、俺が?」

当の本人はもちろんテレビなど観ていない。そもそも停電中だ。

「インタビューに答えてたし、名前も出てたよ」
「そういえば、昨日、話を聞かせてほしいって来たかも」
「カメラ回ってたでしょ」
「そうだったかな」

当の本人は、心ここにあらず。

帰り際、「無理しないでよ。また来るから」と伝えると、

「テレビで被災地の様子とか観てたときは、他人事だと思ってたけど。まさか自分の家がこんな目に遭うとはなあ」

彼は苦笑を漏らしながらボソッとつぶやいた。

午前10時、兄夫婦が住む地域の電気が復旧した。棟梁と連絡は取れたものの、屋根の勾配が急なため、足場を組まないとプロでもブルーシートを張るのはむずかしく、現段階で足場を組める職人の手配ができるかどうかわからないとのこと。週間天気予報をチェックしつつ、万が一の雨に備えて、室内(畳の上)にブルーシートを敷き詰める作業を手伝う。

午後12時半、状況がつかめないまま、おにぎりと飲み物を持って、布良の実家へ父親の様子を見に行った義姉が落ち込んで帰ってきた。布良地区の被害は想像以上に酷く、実家も屋根瓦が飛び、素人の手には負えない状況だったという。

さらには、その地区は電気復旧の目処が立っていない。義姉は電気が復旧するまでの間、兄夫婦宅に身を寄せるように説得を試みたが、「いや、俺はここにいる」の一点張りで耳を貸さないとのこと。

「でも、いつ電気がつくかわからないんだよ。ご飯やお風呂はどうするの? 電話も通じないし、何かあったらどうするの」
「大丈夫だって言ってるだろ」
「大丈夫じゃないでしょ」
「年寄り扱いするな」
「十分年寄りでしょ」

そんなやり取りを繰り返すも、テコでも動かない父親を残して帰ってきたのだと、義姉は大きくひとつため息をついた。

義姉の父が住む布良地区の様子

午後2時過ぎ、館山市北部の船形地区に住む従兄弟が、小学5年生(市内の小中学校は休校中)の娘と一緒に電気炊飯器を抱えてやって来た。

「ご飯、炊かせて。それから携帯の充電も」

お風呂が沸かせないため、水を浴びて凌いでいるとのこと。

「明日も電気が復旧しなかったら、洗濯物持ってくるね」と言い残して帰っていった。

午後5時、兄夫婦宅へ様子を見に行くと、足場を組む職人の手配がつき、明日の朝イチで作業に入るとのこと。さらには、ブルーシート張りも、明後日には取りかかれる目処がついたとのことで、何とか週末の雨には間に合いそうだ。ほっと安堵の胸をなで下ろした。