夏の日差しが落ち着いて、田園に稲穂がたれる風景は、誰もがホッとする日本の原風景だろう。赤トンボが優雅に飛ぶ姿を目にすると秋の訪れを感じるものだ。見るものの郷愁を誘うこの赤いトンボ、少なくなってきたとはいえ、都会でも水辺に行けば、見つけることはできる。
では、なぜあんなに鮮やかな赤い色をしているのだろうか。昆虫の赤色といえば、毒々しさを連想するが、赤トンボはのどかで平和な虫にしか見えない。そこで、トンボの研究者、産業技術総合研究所の生物共生進化機構研究グループの主任研究員・二橋亮さんを訪ねた。なんでも、動物界で初の体色変化を解明した人だというのだ。
産業技術総合研究所には、工学や地質などの他に、生物を研究するグループがある。この探検隊にも、昆虫と細菌の共生を研究している深津武馬さんや、発光生物を研究している近江谷克裕さん、三谷恭雄さんに登場してもらった。今回はトンボ。あまりに身近すぎて、なにを研究するのかさえ、よくわからない。
「トンボの研究は、生態学や行動学、分類学などが一般的ですが、僕はそれを含めて、生物のメカニズムにも踏み込みます」
赤トンボは、なぜ赤いのか。そんな質問にもきちんと答えてくれそうだ。
「アカトンボは、みんな赤いとは限りませんよ」
のっけから、カウンターパンチである。
「アカトンボは通称で、赤くなるトンボのことを一般的には言いますが、より専門的にはアカネ属というグループに含まれるトンボを指します。種類で言うとアキアカネ、ナツアカネが有名ですね。
ややこしいことに、アカネ属には青くなるナニワトンボや黒くなるムツアカネなど赤くならないアカトンボも含まれます 。その一方で、アカネ属以外のトンボでも、ショウジョウトンボなど赤くなる種類がいます。
今回は、ショウジョウトンボも含めて、赤くなるトンボの仲間を総称してアカトンボと呼びましょう。これらの種についても、すべての個体が赤いわけではありません」
赤いとは限らないとは、どういうことでしょうか。
「これらアカトンボは、羽化した当初は黄色です。主に成熟したオスが鮮やかな赤色になります」
赤く生まれるのではなく、色が変化するということ? イチゴやトマトのように成熟した印として、赤くなるというのか。
「アキアカネやナツアカネの場合は、だいたい、8月末から9月ぐらいになるとオスは、体色が真っ赤になります。メスは 一部分が赤くなる個体もいますが、オスほど真っ赤にはなりません」
成熟したオスが赤く染まるということは、メスへのアピールの意味があるのでしょうか。真っ赤なポルシェで女性を迎えに行くような……たとえが古いですが。
「従来、赤い色は繁殖に重要で婚姻色のような役割があると考えられてきました。ただ、トンボは通常はオスがメスを選ぶんです。オスがメスを捕まえて交尾します。その時、メスにとっては、色によってオスとメスを見分ける手立てになります。また、オス同士の縄張り争いや、体温調節にも大事だと言われています。
しかしそれ以外にも、オスには赤くなる理由があるのかもしれません」