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カエサル、怯む部下たちを叱咤激励する

【5分de名著】カエサル『ガリア戦記』訳:國原吉之助 ③
「講談社学術文庫」名著チラ読み、前回に続き今回はガッツリと『ガリア戦記』を読んでいただきます!なおも緊張が続くガリアにおいて、あらたな脅威へと立ち向かうカエサル。屈強なゲルマニア人たちの風聞にふれた将兵たちに、彼はなにを告げ、いかに士気を盛り上げたか?

侵略するゲルマニア

 三 アリオウィストゥス

30 ヘルウェティイ族との戦争がすむと、ガリアのほとんどすべての部族から、指導者らが使者としてカエサルのところへ祝賀の言葉を述べにやってきた。

 「ローマ国民は、今度の戦争で、昔ヘルウェティイ族から蒙っていた不正にたいし処罰を加えた。たしかにその通りである。けれどもこの戦いは、結果において、ローマ人と同様、いやそれ以上にガリアの原住民に幸いした。

 そもそも、ヘルウェティイ族が繁栄を享受していながら、郷土を捨てる気になったのは、全ガリアに戦いを挑み、覇権を手に入れ、ガリア全土でいちばん豊饒で、住み心地のよいと判断した土地を居住地に択び、そしてあとの部族をみな朝貢部族にしておこうとの魂胆があったからである」

 使節らは、カエサルに要請した。「われわれは日を定めて、全ガリアの会議を開きたいが、カエサルは、このことを承諾してほしい。われわれは全員挙って、カエサルに要請したいことがある」と。

 カエサルがこれを認めると、彼らはこの会議の日を定め、全員一致して認めた代弁者以外は、誰も会議の内容を他言してはならぬとお互いに誓い合い約束した。

31 この会議が終わると、はじめ祝賀の挨拶に来ていたのと同じ顔ぶれの指導者らが、カエサルのところへ戻ってきた。そして自分らと部族の者全員の安全について、カエサルと自分らとだけで秘密裡に会談したいと申し入れた。

 その許可を得ると、彼らはみな泣きながらカエサルの足元に平伏した。「われわれの願いをかなえてほしいというよりも、われわれのいうことを誰にも洩らさないでほしいという気持の方が、いっそう切実であり真剣である。なぜなら、このことがもし外部に知れると、われわれがもっとも残酷な処刑を受けることは、火を見るより明らかだ」

 一同を代表して、ハエドゥイ族のディウィキアクスが語った。「ガリア全体が目下二つの党派に分裂している。一方はハエドゥイ族が指導権を握っている。もう一方の旗頭は、アルウェルニ族である。両者はお互いに長い間、烈しい覇権争いをやってきたが28、とどのつまり、アルウェルニ族とその一派のセクアニ族が、金を支払ってゲルマニア人の傭兵をよぶという始末になった。最初にレヌス川を渡ってきたゲルマニア人は、約一万五千だった。その後、この野獣にも等しい未開人は、ガリアの農地や生活様式や豊富な必需品に、強い愛着を覚えてきた。しだいに渡ってくる者が増した。今では、ガリアに約十二万人のゲルマニア人が住んでいる。

 この者らとハエドゥイ族やその従属部族29は、一度ならず何度も干戈(かんか)を交えた。そのたびに負けて、多くの損害を蒙った。すべての名門を失い30、長老会の全員と、騎兵隊をみんな失った。

 これらの合戦と敗北とで、それまで自己の勇気により、そしてローマ国民と結ばれていた国賓待遇31や友誼(ゆうぎ)関係により、ガリアに勢力を誇っていた人々まで打ちのめされ、ハエドゥイ族の中でもっとも高貴な人々を、セクアニ族に人質として無理やりとられ、そのうえに、『人質の返還を求めたり、ローマ国民に援助を乞うたりせず、永久に彼らの支配と命令に屈して異議を申し立てぬ』という誓約で、無理やり部族全員が、縛られたのである。

 最後までこの誓約をし自分の子どもを人質にとられることを説き伏せられなかったのは、ハエドゥイ族全体で、私がたった一人である、それゆえ、私が故郷から脱出して、ローマ元老院に行き、援助を乞うたのだ。私だけが誓約にも人質にも束縛されていなかったからである。

 しかし結果において、敗北者ハエドゥイ族よりも、勝利者セクアニ族に、いっそう具合が悪くなった。アリオウィストゥスというゲルマニアの王が、セクアニ族の領内に居すわってしまい、彼らの耕地の三分の一を占領した。ここは、ガリアの全土でもっとも地味豊かな土地である。

 今ではさらにもう三分の一ほどの土地をゆずり渡せと、セクアニ族に命じている。それは、数ヵ月前に、ハルデス族が、二万四千人、アリオウィストゥスをたよってやってきたので、こいつらに農地と居住地を用意してやらねばならなくなったのだ。

 ここ数年の間に、ガリア人は皆、この地より追い出されてしまい、ゲルマニア人が、全部族をあげて、レヌス川を渡ってくるだろう。

 じっさい、ガリアの土地は、ゲルマニアとは比べものにならないし、ゲルマニアの生活水準は、ガリアに及ぶべくもないのだから。

 ところでアリオウィストゥスは、ひとたびガリアの諸部族の連合軍との合戦に勝つと──この合戦はアドマゲトブリガ32で行なわれたが──、たちまち傲慢にして残酷な命令を下し、すべての名門から子どもを人質に要求し、何にせよ、もしちょっとした彼の指示や欲求にも従わずにいたら、ガリア人にありとあらゆる拷問を加え、みせしめとした。

 アリオウィストゥスは、癇癪もちで無鉄砲な野蛮人である。われわれはもう彼の圧政にこれ以上耐えられない。もしガリア人が、カエサルとローマ国民から、なんらかの援助を求めなければ、どの部族もヘルウェティイ族が先に試みたと同じようなことをしなければならぬ。つまり郷土から出て行き、ゲルマニア人から遠く離れた、どこかべつな天地にべつな居住地を求め、どんな運命でも、振りかかってきたものはすべて、辛抱せねばならないだろう。

 以上、申したことが、万一アリオウィストゥスの耳にはいれば、彼のところに預けられている人質がみな、もっとも重い懲罰にかけられることは必定である。

 カエサルなら、自己の権威と、そして軍隊の最近の勝利と、ローマ国民の名前とで、ゲルマニア人がこれ以上大勢レヌス川を越えて来ないように脅し、そしてアリオウィストゥスの不法行為から全ガリアを救うことができるのである」


(28)「両者はお互いに長い間……」ハエドゥイ族とアルウェルニ族は、古い昔より、経済的・政治的理由より争っていた。紀元前八〇年ごろ、アルウェルニ族は、ケルティッロス王の下に覇権を握っていたが、王の死後、いちだんと勢力争いは激化した。(「解説」参照)
(29)「ハエドゥイ族やその従属部族」ガリアの弱小部族は、大抵強大な部族国家に従属し、兵員を提供し、貢物を納め、その代わりに保護を受けていた。
(30)「すべての名門を失い」この「名門」nobilitasは騎士(六巻13節参照)の中でも、家柄、財産、権力などで、とくに優れていた人たちの意味か。
(31)「国賓待遇」hospitium国賓待遇は、友誼関係や同盟と同様、二つの独立国(または一国と他国の個人)の合意にもとづいて成立し、これに依り、一方の国の代表者は他方の国で丁重な歓待を受け、滞在中の住居や生活費を国費で賄われ、贈物を貰って帰る。「友誼関係」については、第一巻注6「ローマ国民の友」参照。
(32)「アドマゲトブリガ」Admagetobrigae CO. ad Magetobrigam「マゲトブリガの近くで」cett. 今日のフランスのアルザス地方にあったらしい。この合戦は、六〇年か六一年のこと。