カエサル、ヘルウェティイ族に快勝する

【5分de名著】カエサル『ガリア戦記』訳:國原吉之助②
講談社学術文庫 プロフィール

戦後処理のゆくえ

28 これを知るとカエサルは、逃亡者が通っていた土地の原住民らに、「もしお前らが、カエサルに身の明しをたてたいと思ったら、彼らを捕えて連行せよ」と命じた。こうして連れ戻された逃亡者は、敵とみなして処刑にした。残りのヘルウェティイ族は、人質と武器と逃亡奴隷を引き渡したので、全員に帰順をみとめる。ヘルウェティイ族とトゥリンギ族とラトビキ族には、出発していたもとの居住地へ帰るように命じた。

 故国では、畑の作物がいっさい失われ飢えをしのぐようなものは何もなかったので、アッロブロゲス族にたいし、ヘルウェティイ族らに穀物を供与するように指示した。彼らの焼き払っていた城市や村落を建てなおすように命じた。カエサルがこのようなことを命じたおもな理由は、ヘルウェティイ族が立ち去っていたあとを、閑地のまま放っておきたくなかったからである。

 その土地が肥えているため、レヌス川の向かい側に住むゲルマニア人が、彼らの原住地からヘルウェティイ族の領地へ移ってきて、ローマ属州の、それもとくにアッロブロゲス族の隣人となるのを恐れたことである。

 ボイイ族にたいしては、彼らが武勇に傑出した部族であることは有名だったので、ハエドゥイ族の申し出もあり、ハエドゥイ族の領内に、いっしょに住むことを許した。ハエドゥイ族はボイイ族に土地を与え、その後、自分らと対等な立場で権利と自由を享受することを認めたのである。

29 ヘルウェティイ族の陣営の中で、ギリシア文字で書かれた木簡が発見され、カエサルのところへ持って来られた。その木簡の上には、故郷から出て行った者のうち、戦闘能力のある者の名を一人一人記入し、計算してあった。

 べつな項目の下に、子どもや老人や婦人の数を記してあった。これらの各項目を合計すると、ヘルウェティイ族の人口は、二十六万三千人、トゥリンギ族は三万六千、ラトビキ族は一万四千、ラウラキ族は二万三千、ボイイ族は三万二千で、そのうち戦闘能力のある者は、ほぼ九万二千であった。以上を総計すると三十六万八千人である。そのうち故里に帰ったものは、カエサルの指示で人口調査したところ、十一万であることがわかった。