カエサル、ヘルウェティイ族に快勝する

【5分de名著】カエサル『ガリア戦記』訳:國原吉之助②
講談社学術文庫 プロフィール

ヘルウェティイ族、万事休す

25 カエサルはまっさきに馬から降り、次いで、すべての上官たちが、自分の馬を視野より遠ざける。こうして、自ら敗走への期待を奪い、全員が危険を分け合うことにし、部下を激励し、合戦を始める。兵士は敵より高い位置から投槍を放り、敵の密集陣を簡単に粉砕した。敵がばらばらになると剣をぬいて突撃した。

 ガリア人が戦うには多くの障害があった。彼らの重なった幾つかの楯をローマ軍の投げた一本の槍が貫い数珠つなぎにし、投槍の先端が曲がったので、ガリア人は槍を抜き取ることもできず、左腕の自由を失い思う存分戦うこともできなかった。

 その結果、多くの敵が長い間左腕を振り動かしたあげく、あきらめて楯を放り捨て、無防備の体のまま戦うほうを選んだ。ついに、傷つき疲れ果て、戦いつつ後退りを始め、約一・五キロ離れたところに山があったので、そこまで退却した。

 敵が山を占拠すると、われわれは後を追う。敵の行列のしんがりを守っていた約一万五千人のボイイ族とトゥリンギ族が、行軍の隊形のまま、突然わが軍を、楯のない右側から襲いかかり包囲した。

 これを見ると、いったん山の上に引っこんでいたヘルウェティイ族が、再び攻め寄せてきて、合戦を新しく始めた。ローマ軍は正面の向きを変え、二手に分かれて攻撃する。第一と第二の戦列は、先に敗走させ追い払っていたヘルウェティイ族に対抗し、第三戦列は攻めてきていたボイイ族らに立ち向かう。

26 このように二方面の決戦で、長い間、息づまるような熱戦がつづく。敵軍が、わがほうの攻撃を支えきれなくなったとき、ヘルウェティイ族のほうは、はじめ試みていたと同じ山の中へ退却した。一方ボイイ族らは、輜重と荷車のおいてあるところへ、とって返す。

 午後の一時より、夕刻までつづいた全戦闘を通じて、わが軍に背を向けた敵は一人も見あたらなかった。輜重の置き場所では、夜の更けるまで戦われた。敵は荷車で障壁を作り、その上の有利な足場から、近づくわが軍を目がけて槍を放る。ある者は、荷車と荷車の間より、また車輪の間から、ガリアふうの投槍や重槍を、不意に突き出し、われわれを傷つけた。長い間、戦った末、敵の輜重と陣営を手に入れた。陣営では、オルゲトリクスの息子の一人と娘が捕えられる。

 この戦いで生き残った者は、およそ十三万人で、彼らはその夜を徹して停止せずに進みつづけた。旅は夜の一刻も中断されず、四日目に、リンゴネス族の領地についた。わが軍は、負傷兵の看護や死者の弔いのため、三日ほど出発をおくらせたので、彼らの後を追えなかった。カエサルはリンゴネス族に信書と使者を送り、ヘルウェティイ族を、穀物やその他いかなる手段にせよ、援助してはならぬと警告した。「もし助けるなら、お前らもヘルウェティイ族と同じ取り扱いを受けるであろう」と。

 カエサルは、三日ほど間をおき、総兵力を率いて敵の後を追いはじめた。

27 ヘルウェティイ族は、万事休してやむなく、降伏の使者をカエサルのもとへ送ってきた。使者は行進途上のカエサルに出会うと、彼の足元に身を投げ伏し、涙ながらに窮状を訴え、平和を乞うたので、彼らがその時、停止していた場所で、そのまま自分の到着を待っているように命じた。使者はこれに従った。

 敵のいる場所にカエサルが到着すると、人質と武器と、そして彼らのもとに逃亡していたといわれる奴隷とを引き渡すように要求した。これらが探されたり集められたりしているうちのことである。

 一夜おいて次の日、ウェルビゲヌスという郷の住民が、約六千人、武器を渡したあと皆殺しにされると恐れたためか、あるいは、自由になりたいという希望にかられたためか、ともかく、降伏者がこんなに大勢では、自分らの逃亡ぐらい人目につかないとでも、あるいはローマ軍にまったく気づかれないとでも考えたのか、ヘルウェティイ族の陣営から抜け出し、レヌス川の近くのゲルマニア人の領土へと急いだ。