カエサル、ヘルウェティイ族に快勝する

【5分de名著】カエサル『ガリア戦記』訳:國原吉之助②
講談社学術文庫 プロフィール

尊敬する男の嘆願にカエサルはどうしたのか

18 カエサルはこのリスクスの話が、それとなく、ディウィキアクスの弟ドゥムノリクスのことをほのめかしているのではないか、と疑った。だが大勢の前でこの点を突っ込んで話したくなかったので、すぐ会議を解散させ、リスクスだけよびとめる。彼が一人になると、あらためてカエサルは、一同の前で行なっていた彼の発言について問いただす。すると先刻よりずっとのびのびとした態度で告白する。

 さらにリスクス以外の者を一人ずつよんで、こっそりと同じ問題について尋ねてみる。リスクスの話が本当であることを知る。問題の人物は、まさしくドゥムノリクスであり、彼が大胆不敵な男で大盤振舞いにより民衆の間で大変な人気を博し、政治的な変革を企んでいることを知る。

 「ドゥムノリクスは、ハエドゥイ族の領内の関税やその他のいっさいの間接税を徴収する権利を、長い年月にわたって、わずかな値で買いとっていた。彼が競り値をつけると、誰もこれに対抗して張り合おうとしなかったのだ。このようにして彼は自分の財産を殖し、賄賂を使うための莫大な元手を獲得した。

 彼はいつも自分の費用で大勢の騎兵をやしない、身辺に従えている。たんに自国だけではなく、近隣の諸部族においてすら、大きな権勢を誇っている。自己の権力を拡大するため、彼は自分の母をビトゥリゲス族のところへ、そこで一番高貴な家柄の最大の勢力者に嫁がせていた。彼自身もヘルウェティイ族より妻をもらい、種違いの姉妹や、その他の親戚の女どもを、他の部族へ妻として与えていた。

 彼がヘルウェティイ族に贔屓し、好意をもっているのは、こうした姻戚関係のためであり、カエサルとローマ人とを憎んでいるのは、さらに個人的な理由がある。つまり、カエサルとローマ人がやってきて以来、それまでの彼の権力が衰え、ついに兄のディウィキアクスが、民衆の声望や社会的名誉において、以前の立場を取り戻したからである。

 もしローマ側に何か不測の事態が生じたら、ヘルウェティイ族の後楯で、ハエドゥイ族の王になれるという最高の野心を抱くだろう。ガリアがローマの支配下にあるかぎり、王位はいわずもがな、現在保持している人気すら絶望となる」と。

 なおも追及しているうちに、カエサルは発見したのであるが、数日前に行なわれた騎馬戦で、味方が悲運に見舞われたのは、そもそもドゥムノリクスとその配下の騎兵が、敗走のきっかけをつくったからである。ハエドゥイ族が援軍としてカエサルに送っていた騎兵隊で、ドゥムノリクスがその隊長として指揮していた。彼らの退却により、援軍の残りの騎兵も怖けてしまったというわけである。

19 このような経緯を知って生まれた疑惑の念は、明白にされた次のような事実からもいよいよ強められる。つまり、ヘルウェティイ族に、セクアニ族の領内通行を周旋してやっていたのは、ドゥムノリクスであった。この両部族の間にたち、人質の交換をとりきめていたのも、彼であった。

 これらをみな、彼はカエサルの命令もハエドゥイ族当局の命令もなしにやっていたのみならず、カエサルも、ハエドゥイ族も知らないうちにやっていたのだ。そしていま彼は、ハエドゥイ族の長官によって告発されている。それで自分で罰するにせよ、ハエドゥイ族に処罰させるにせよ、ともかく十分な証拠が揃っていると、カエサルは判断した。

 こうした状況の中で、たった一つ障害があった。それは、件のドゥムノリクスの兄ディウィキアクスが、ローマ国民の熱烈な支持者で、カエサルに深い友情を抱き、非常に誠実な、公平と節度を尊ぶ人柄であることを、よく知っていたことである。つまりドゥムノリクス処刑によって、この兄の気持を損うことを恐れた。

 そこで、なんらかの処置をとる前に、ディウィキアクスを自分のところへよんでこさせる。このときは普段の通訳たちを遠ざけ、トロウキッルスを介して、ディウィキアクスと話す。この通訳は属州の原住民の中での第一人者であり、カエサルが全面的な信頼を寄せていた友人でもあった。

 話の冒頭でカエサルは、ディウィキアクスに、彼自身も出席していたガリア人の指導者会議で、ドゥムノリクスについてほのめかされた言葉を思い起こさせる。ついで、すべての指導者たちが一人一人、カエサルの面前で、ドゥムノリクスについて述べた内容を明らかにしてやる。カエサルはディウィキアクスの心を傷つけることなしに自分でこの事件を審理し、判決を下すか、それともハエドゥイ族に宣告を下すように命じるか、そのどちらかを認めてほしいと要求し、催促する。

20 ディウィキアクスは、涙をいっぱいためて、カエサルを抱き弟にあまりきびしい判決を下さぬようにと嘆願を始めた。「それらのことが本当であることは自分も認める。けれども弟について、私以上に深刻に憂い苦しんでいる者はいない。じっさい、私がかつて自国においても、その他のガリアの地においても、大きな影響力をもっていたとき、弟はまだ若いため、わずかの勢力しかもっていなかったが、私のおかげで、しだいにその勢力は増大した。

 こうしてためた財産と資力を、弟はただ私の名声を下落させるためばかりでなく、私の破滅のためにすら利用しているのだ。にもかかわらず私は弟への愛情にも、民衆の判断にも心を動かされる。もしカエサルが、彼にたいしあまりきびしい刑罰を加えたら、その決定にあらかじめ私が同意しなかったとはとうてい誰も信じまい。人々は、私がカエサルにこんなに信頼されているのをよく知っているのだから。そうなると、さきざき、全ガリアの人々の気持が私よりしだいに離れて行くだろう」と。

 この点について、ディウィキアクスは涙を流し、何度も繰り返して釈明する。カエサルは「そなたのたっての望みや願いとあれば、国家の損害にも予の憤慨にも目をつぶるほど、そなたを深く尊敬している」と誓って、彼をなぐさめ、嘆願を止めるようにたのむ。

 ドゥムノリクスを自分のもとへよびつけ、兄をこの談判に同席させる。ドゥムノリクスについて非難すべき理由をあげる。カエサルが、入手していた情報や、ハエドゥイ族当局が彼に抱いている不平を打ち明ける。今後はいっさいの疑いをさけるようにと忠告する。これまでのことは兄のディウィキアクスに免じて見逃すことにするという。以後、ドゥムノリクスの身辺には、監視人をつけ、彼の行動や話し相手を窺い知ることにする。