スマホ時代だからこそ、ここへきて「人は見た目が9割」が大切なワケ

『人は見た目が9割』著者が語った
竹内一郎

言語は「秘書がやったこと」である(言語情報)。しかし、小声で(聴覚情報)、俯いて(視覚情報)しゃべれば、言語情報より、聴覚情報や視覚情報の方が上回って伝わるのである。言語情報と矛盾した、聴覚情報や視覚情報を発すれば、「言葉は力を持たない」のである。

そんな私の目から見れば、日本のコミュニケーション教育は間違っているものだった。何とか、誤りを正したいと考えていた。

そんな授業も8年続けると、講義ノートもたまってくる。それを新書に書き起こしたのが『人は見た目が9割』である。

役に立つ本だとは思っていたが、売れるとは思っていなかった。何しろ、非言語コミュニケーションという言葉さえ、知らない人が99%だった時代である。

 

広義の「見た目」、狭義の「見た目」

その本を出すとき、まともに「非言語コミュニケーション入門」と書いたのでは、書店にさえ相手にされない。私と編集は、「本書では、非言語コミュニケーションを『見た目』と定義して論を進める」と「前書き」に書くことにした。誠実な態度だったと思う。

もちろん、それでも売れるとは思っていない。

ところが、本を出してみると、全国の「進路指導の先生」から、私の事務所に電話が鳴り続けたのである。

先生たちは「人を見た目で判断してはいけない」と倫理観を教えている。ところが、就職試験や大学入試の面接試験で、ヤンキーのような学生服、染めた髪、姿勢悪く椅子に座る、ガムを噛みながら面接を受ける……。という生徒を何とか、しなければならないのである。しかし、普段「人を外見で判断してはならない」と教えているから、面接のときだけは、制服をきちっと着て、姿勢よく座り、きちんと敬語を使って話す、と教えても説得力がない。

そこで、高3生に「特別講義をしてほしい」という希望が殺到した。もちろん、すべては応えられない。九州や北海道の先生には、申し訳ないが、時間がとれないので、東京近郊が主になった。

「見た目」は非言語コミュニケーションではなく、「外見」の意味で先ず流布していった。