スマホ時代だからこそ、ここへきて「人は見た目が9割」が大切なワケ

『人は見た目が9割』著者が語った
竹内一郎

「非言語コミュニケーション」とは何か

私たちは「言語=伝達」と学校で習ったはずだ。だから、コミュニケーション教育は、国語が担当し、先生は「読み方」だけでなく「書き方」や「話し方」を教えたのである。

しかし、実際は言語より大きなコミュニケーション手段があったのである。わかりやすく言うと、古典落語は、前座の落語家が演っても、大名人が演っても「伝える内容=言語情報」は変わらない。しかし、面白さは、天と地ほど異なる。伝達力が全く違うのである。

同じ言語を伝えても、言語以外情報次第で、伝達力が大きく異なる世界に私はいたのである。これが、詩人や小説家なら「言葉がすべて」といっただろう。私は、劇作家、演出家、漫画原作者という仕事を持って、新しい鉱脈を発見したのである。

 

非言語コミュニケーション、23年前には、アメリカの心理学者がほそぼそとやっているだけの学問だった。日本には一冊だけ「非言語コミュニケーション」の本が出ていた。心理学者ではなく、教育学者が、色んな心理学の成果をつぎはぎにしたもので、翻訳も読みにくく、それほど売れてはいないものだった(しかし、その本を出していたのが新潮社だったので、新潮社なら「非言語コミュニケーション」に興味を示してくれるだろうと、話を持って行った経緯がある)。

私は、心理学、社会学、文化人類学、演劇、映画、漫画……。ありとあらゆるジャンルの教材を渉猟し、授業に使った。小津安二郎の映画を見せて、「この俳優が、同じセリフをこんな感じでいったら、相手はどう感じるだろう?」などという授業に、学生は面食らっていたものだ。

しかし、次のたとえは学生にもよく伝わった。賄賂を貰った大臣がお詫び会見で、小声で俯きながら「私は知らない。秘書がやったことだ」といったとする。大臣は、賄賂を貰っているでしょうか、それとも貰ってはいないでしょうか? 学生の多くは「貰った」と答えた。