時間や経験を買う

アラフォーになって、無形資産にお金を使う方がモノを買うより満足度が高いとますます感じるようになった。見知らぬ国への旅、新しいサービスや乗り物、「時間と経験」を買ってるのだから移動手段は絶対にケチらない、旅先の宿泊施設は死んでもケチらない。経験を買いに行ってるのにオバケでも出そうな宿だったら本末転倒となってしまう。日常生活で高いものを買わない代わりに、サービスなら少々割高でも躊躇せずに払う。私は数年前に車の所有をやめて運転代行やタクシー、ウーバーを利用するようになった。毎3年ごとにクルマを買い換えてた頃よりコストは安くなり、人生はずっと身軽に豊かになった。

所有することに固執するのをやめようと決めてから、物を買うときのマイルールも設定した。例えば洋服を3着買ったら3着手放す。どんなに勿体なくても、悔しくても、とりあえず手放す。何故なら物が増えると、物が部屋を占領するようになり、1平米当たりの不動産価値が減ると感じるようになったからだ。

家賃の安くない東京で、人間ではなく物が部屋を占領するのは本末転倒でしかない。ちなみにお金の使い道を「モノ」から「経験・サービス」へ意識的に変えていった結果、貯蓄額は自然と増えていった。「モノ」は時間がなくても簡単に買えるので上限額はある意味無限大とも言えるけど、「経験やサービス」を買うためには一定量の「時間」が必要なので無限大に使うのは不可能。気がついたら収入と支出のバランスも取りやすくなり、貯蓄に回せる金額も自然増していった。

「サービスをお金で買う」ということの最高峰は、メニューに載ってないサービスを買うことだと思う。例えば私が見た東南アジアやアメリカの一部の富裕層のお金の使い方はこんな感じだ。

買い物をするのにドライバーを雇う。
何か買ってきてもらう。
自分の代わりに行列に並んでもらう。
無人島を貸し切ってバーベキューする。
アポなしでネイルサロンに入ってもいつでも入れて、さらにハンドとフットの施術を同時にやってもらえる。
アポ無しでマッサージに行くと沢山の人が待ち構えていてその日の気分ですぐにサービスが受けられる。

……この場合のキーワードは「アポなし」だ。都内に住んでいるとネイルサロンやヘアサロンの「アポ」が必須でまるで仕事のアポのように人生のスケジュールにのしかかってくる。「このアポを逃すと次はまた取り直しだ」と思うと、ちょっとした精神的重圧がかかるのだ。私の場合もマッサージを受けるのもアポが必要なことが多く、都内でマッサージに行くことが段々と辛くなり、行かなくなってしまった。「その日の気分」でアポ無しで各種サービスが受けられる贅沢。これこそがお金を払う価値のある贅沢な時間だと思うようになった。

この感覚は日本にいると分かりづらい。何故なら日本は人件費が高く人材不足な上に、規則・規制もガチガチなので、そもそも存在しないサービスも多い。また、移民がまだまだ少ないので労働集約型ビジネスが人手不足に陥りやすい点も大きい。そのようなサービスが欲しくなったら息抜きに海外に行く。実は身近な韓国でもメニューにないサービスを提供する文化があったり、割とアポ無しサービスが味わえたりして、韓国に行くだけでちょっとした開放感を感じられる。

お金はそんなに簡単には絶対増えない。だからこそ労働は正義で情報は神なのだ。もし、人生を豊かにしたくて、お金を増やそうと考えているなら、増やすよりもどう使うかを考えてみてはいかがだろう(もちろん生活が破綻しない程度に)。

何にお金を使ったらあなたは幸せを感じますか?
多分それは人それぞれ。だからこそ自分と向き合える、自分探しのようなものだと思う。