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私たちは「ポジティブであること」を、絶対視していいのだろうか

こころの「良さ」とは何だろう

「これさえあればうまくいく」

私たちは、これさえあればよい、これさえあればうまくいく、というものを求めがちである。そういったことを求めたくなるのは、たとえばダイエットや勉強についてもそうだし、そして仕事や人生そのものに対しても同じ傾向がある。

そしてとくに近年、そうした傾向は強まっているように見える。多くのビジネス書やハウツー本が売られ、「集中力があれば成功する」「忍耐力が何より大切だ」「明るく振る舞うことが人生を好転させる」といった見方を提示するからかもしれない。心理学の研究知見を援用して「ポジティブであることがすべて」であるかのように主張するような書籍もある。しかし、そうした考え方には、当然ながら落とし穴がある。

ではこうした考え方は、何をもたらすのだろうか。

以下では、「これさえあれば」という主張がなされる際に援用されがちな心理学の性質を紹介しつつ、上記の問題について考えてみたい。その結論は、ある意味で常識的なものかもしれない。しかし、ともすれば私たちを誘惑する「これさえあれば」という考え方への、一つの心の準備、ワクチンのようなものとして読んでもらえればと思う。

 

その人の「行動」の背後に何があるか

「心理学とは何か」という問いには、「宇宙とは何か」とか「生命とは何か」という問いのように、漠然としていて明確に答えることが難しい。異論もあることは承知の上だが、私自身が説明する時には、「行動を観察するが、その背後にある概念を扱うことで人間の活動全般を研究対象とする学問」だという言い方をする。

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心理学は「行動の科学」であるとか「行動を対象とした学問」であると言われるように、目に見える行動を観察対象とすることが多い。しかし、心理学の学問的な興味が行動そのものにあるかというと、必ずしもそうではない。多くの研究の主題は、行動の背後に仮定される「概念」だといえる

心理学で取り扱う概念は多岐にわたる。知能、学力、外向性、抑うつ、不安、攻撃性、幸福感、道徳観、共感性、好奇心、創造性、自己制御、自意識、アイデンティティ……実に多様で抽象的で、行動そのものとはいえない「概念」が次々と登場する。

心理学者は「心理学は科学だ」と言う。確かに、科学的な行動の観察や測定、そして得られたデータの統計処理が心理学の研究を支えている。ところが同時に、多岐にわたる抽象的な概念を取り扱うのも心理学の特徴のひとつだと言えるのである。