認知症の父と介護する息子…超高齢化社会の「家族の姿」を描く難しさ

『老父よ、帰れ』作者の久坂部羊が語る
久坂部 羊 プロフィール

──主人公である好太郎は仕事ができるエリートサラリーマン。ですが、どこかおっちょこちょい。父の介護についても空回りすることが多いのですが、憎めない人でもある。

45歳という年齢は、父の茂一を70歳過ぎにした設定からの逆算ですけれど、30代だと若すぎるし、50代だと達観している。40代というのは、その中間の、成熟しつつもどこか浅はかという頃合いの年齢ではないかと思います。

 

優秀なんだけど、どこか抜けていて早とちりなキャラクターは、山田洋次監督の映画『家族はつらいよ』に出てくる西村まさ彦さんのようなイメージもありつつ、好太郎を支える妻の泉がしっかり者なのは、大阪人にとっては馴染み深い『夫婦善哉』の関係性でもあります。

「マンションと認知症」という問題

──マンションの住民との関係も、身につまされます。隣家の小野田家は、幼い娘がいるために、茂一が奇声を上げたりおかしな行動をしないか、火の不始末がないかなど警戒心、不信感を隠さない。同じ階の多谷家も、ある事情を抱えていて、それが大問題に発展します。

舞台を戸建てにするか、マンションにするかは悩みました。設定やエピソードはあらかじめすべて決めていたわけではなく、書き進めながら考えていて、最初から決めていたのは茂一がトイレに立て籠もってしまう事件くらい。

結果、マンションにしたのは正解でした。よく認知症を社会で受け入れなければいけない、人権を大切にしなければいけないといいますが、思わぬ事故など安全の問題もある。人権と安全、どちらも考慮しなければいけない。

小説では悪し様に描くことになった小野田ですが、実際に小さな女の子を持つ家庭の隣に認知症の人が住むことになれば、不安に思うのは当然です。考えたくない状況でも、考えなければならない。それがマンションだと切実に現れる。

物語中盤、マンションの自治会で「認知症」が議題に上がり、「高齢ドライバーの事故」についてなど侃々諤々の議論が起こる。このバタバタのシーンを思いついた時は「物語になった」と思いました。結果的に、宗田による講習会も開かれますが、問題のすべてが解決するわけではない。