卒業式練習に20時間!?

もうひとつの点は、教師側の問題です。

ただでさえ、少なくなっている自分の時間なのですが、先生たちは自分たちで仕事を増やす傾向があります。ぼくはこれを「セルフ・ブラック」と呼んでいます。
宿題ひとつとってもそうですね。増やせば増やすほど、仕事は増えます。また、学校行事を拡大すればするほど仕事が増えます。よくあるのが、卒業式や運動会、学芸会。親からの期待に応えたいのか、より良いものを作ろうと、どんどん大規模になっていきます。

ぼくが務めていた学校では、ぼくが着任する前は、卒業式練習に20時間もかけていた学校がありました。唖然としました。音楽発表会でもないのに、卒業式で歌う歌の練習だけで10時間近く。楽器による合奏まで加わるなど、その練習は過度を極めていました。もちろん時間をかければいいものができるのは当然のことです。しかし、貴重な授業時間を削ってまですることでしょうか。

また、計画が大きくなればなるほど、事前の準備や関わる人も多くなります。こだわりたい気持ちは理解できますが、自ら自分の首を絞めていないでしょうか。

メディアで教師の労働時間や過労死などが取り上げられたことで、何が起きているか。それは、「職場から早く帰れ」という言葉が飛び交うようになったことと、教師が強制的に帰らされるというシステムが導入されただけです。閉庁日や夜は自動的に学校が施錠されるためです。

仕事量が減っていないのに、仕事をする時間と場所が奪われているわけですから、さらに厳しい状況に追い込まれています。

きちんとやりたいと思えば思うほど「セルフ・ブラック」な状況に追い込まれる。だからこそ学校で「一番大切なこと」がなにかを明確にする必要がある Photo by iStock

加えて、保護者や地域の大人たちも、「昔の学校はこうだった」とノスタルジックにとらえるのではなく、冷静な目で現状を見てほしいと思います。学校に本来求めるべきは、行事の素晴らしさではなく、日々の授業のクオリティーと子どもたちが楽しいと感じて、笑顔で通える環境と中身です。あまりにたくさんのことを求めすぎると、自分の子どもたちにその影響が及んできます。
 
子どもたちが遊べる時間と、先生たちが楽しい授業を準備できる時間。そして、心のゆとりを確保することがこれからの学校改革に求められています。

(取材・構成/島沢優子)