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19世紀最高の女性ピアニスト、クララ・シューマンの生涯

彼女が唯一残したピアノ協奏曲を聴いて

クララ・シューマン生誕200周年

ドイツの通貨がユーロでなく、まだドイツマルクだった頃、100マルク紙幣の肖像はクララ・シューマンだった。クララはいうまでもなく、有名な作曲家ロベルト・シューマンの妻だ。今では、ロベルトの名ばかりが知られているが、クララは紛れもなく19世紀最高の女性ピアニストだった。

今年はそのクララの生誕200周年なので、生誕地ライプツィヒでは、「CLARA19」という枠組みで年間を通して様々な催し物が開かれている。

そのCLARA19のハイライトが、9月12日より29日の「クララ・シューマン祝祭週間」。クララの誕生日が1819年9月13日で、結婚記念日が1840年9月12日だったので、それに因んでこの時期なのだそうだ。

初日12日のコンサートに行ってきた。演奏はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で、指揮は2018年に同楽団の常任指揮者に就任したアンドリス・ネルソンス。ラトビア出身だ。

演目はフランス人作曲家ベッツィ・ジョラス(Besty Jolas)の新作「Letters from Bachville」(初演)、クララ作曲のピアノ協奏曲a-moll、そして、ロベルト・シューマンのシンフォニー第1番。

 

最初の作品は、ゲヴァントハウス管弦楽団とボストン交響楽団がジョラスに依頼したもの。音楽の神様ともいえるヨハン・セバスチアン・バッハは、ライプツィヒのトーマス教会で25年も音楽監督を務めていたので、Bachvilleは紛れもなくライプツィヒのことだ。

2曲目がいよいよ、この夜の聴衆が一番待ち望んでいたクララのピアノ協奏曲。クララはこれを15歳の時に書いた。だから作曲家の名前はクララ・シューマンではなく、クララ・ヴィークだ。

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