「好きなことを仕事にするのはすばらしい」と人は言うけれど…

失われた小説をもとめて【2】
藤田 祥平 プロフィール

海の家、エメラルド・グリーンの海と純白の浜辺、ひきしまった肉体を太陽と潮風にさらして微笑んでいるふたりの若いカップル。おそらくは、そういうようなものを、私は心から求めていた。

しかしながら、もちろん、そんなものは、なにひとつ、なかった。

鈍重な色の海。

純白どころか深い茶色の、ペットボトルのごみだの海藻だの松葉だのが溜まっている浜辺。

そして、無人。

人生があなたになにを与えてくれるかが問題なのではなく、あなたが人生になにを与えられるかが問題なのである。

これはオーストリアの心理学者、V.E.フランクルの箴言だ。

 

そこで、私はこの薄汚れた無人の海水浴場に座って、私がこの人生になにを与えられるか、つまり、どんな小説を書くことができるかを考えた。

十分ほど考えたが、暑すぎて、まったく集中できなかった。

八月だったのである。

私は車に避難し、煙草を吸い、ぼーーーーーっと海岸線を眺めた。

海岸線は海岸線として、じつに美しかった。

しかし海岸線は、ただそれだけで、小説になるようなものではない。

昼頃、新潟市に入った。駅前でラーメンを食べ、街を散策した。

目新しいものは、なにひとつなかった。

うすうす感づいてはいたが、街は、街でしかない。

街を想像してみてほしい。

なんでもいい。

それが、日本のすべての街である。

例外はない。

私は旅好きなので、すべての県の主要な都市を訪れたことがある。だから断言できる。

街は、街である。

ちょっとした差異はある。しかし、それらはすべて産業や土地、文化による。

街の機能そのものや、建物の感じは、いつもおなじである。

だから、いくつもの街を見ることによって得られるのは、創作の糧ではなく、土地勘のみだ。

どこまで行こうとも、ファミリー・マート、セブン・イレブン。

たまにローソン。

基本的に、この三店のアイスコーヒーを飲むことになる。

このあたりで私は考えることをやめ、目的を純化させ、アイスコーヒー(Lサイズ)をがぶ飲みしながら、ただひたすら北に向かって走ることにした。

いわゆるオートパイロット・モードだ。

私は人生の三分の二以上をこのモードで過ごしている。

日本海の海岸線をずっと行った。