「日本人のナルシシズム」とは何か?E・トッドの言葉から考える

問題を「見ないふり」する社会
大野 舞 プロフィール

実際、そうしたテレビ番組に注目すると、その数は増えているようだ。立命館大学産業社会学部の富永京子准教授のゼミ生の調査結果によると、「2000年から2015年の間で(…)特に増加が目立った番組が「日本礼讃番組」であり、1980年代から2000年代にかけては殆ど見られなかったにもかかわらず、2015年には一週間に5つも見られる」という。

こうした「日本すごい」という意識の拡大は、日本人の意識調査にも現れている。NHK放送文化研究所の調査結果によれば、1998年からの2018年の20年で、「日本人は、他の国民に比べて、きわめてすぐれた素質を持っている」と考える人の割合は51%から65%に上昇。「日本は一流国だ」と考える人は38%から52%に上昇している。2018年の数字はいずれも、日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた1980年代初頭の数値に迫るものだ。

と同時に、「「今でも日本は、外国から見習うべきことが多い」と思わない」という人は、13%から18%に上昇している。つまり、「外国から学ぶことはもうない」と思う人が増加しているのである。

なおこの間、日本の「一人当たりGDP」の世界ランキングは、6位から26位まで下がっていることを付け加えておきたい。

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こうした意識調査の数字からは、外の世界から積極的に何かを得ようという意思が弱くなり、自己を肯定することの優先順位を高めた社会が見えてきはしないか。

日本に一時帰国したときに、日本人の友人にフランスの制度や話をすると、「まあ、でも外国の話なんだよね」とやんわりと拒絶されることがある。もしかすると私の言い方にも問題があるのかもしれないが、ネット上で「出羽守」(海外「では」とすぐに、海外の事情を持ち出して日本を批判する人を揶揄するジャーゴン)が批判されているたくさんのケースを見かけると、より普遍的な事態なのではないかと思えてくる。

 

「海外目線」で苦言を呈されることを嫌い、「日本は問題のない社会」という認識へとゆるやかに集約されていく。しかしその一方で、では何を支柱にして社会を進めたら良いのかに関しては全体的に迷いがある…そんな日本の姿がぼんやりと見えてきはしないだろうか。