陸海軍の言論統制に対する、雑誌の生き残りを懸けた暗中模索の戦い

大衆は神である(68)

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、講談社創業家・野間家が歩んできた激動の日々と、日本出版界の知られざる歴史を描き出す大河連載「大衆は神である」。

加速度的に力を増す軍部が言論統制を進めるなか、彼らがとった次の方策は雑誌の統廃合だった。その矛先を向けられ、必死に雑誌の存続を期す講談社は、暗中模索の戦いを強いられることになる。

連載第1回 :「極秘資料を発見!日本の出版のあけぼのと、野間家の人々」

 

第七章 紙の戦争──毒饅頭(4)

こうすれば軍部からの横槍もない

講談社が50万円の寄付を断っても、顧問制導入のときのように鈴木庫三中佐が怒り狂うことはなかったらしい。さすがの鈴木もこれは無理筋だと自覚していたのだろう。
次に紹介するのは竹中のモノローグのつづきである。少々引用が長くなるが、日米開戦前夜の講談社と出版界を知る上で非常に重要であることから諒とされたい。また講談社と鈴木の関係が顧問制導入後にどう変わっていくのかというところに注目しながら読んでいただければ幸いである。

なお、申し遅れたが、竹中証言の途中に【 】つきで現れる小見出しは、竹中自身が録音速記の確認・校正作業をした際に書き入れたものである。

【6 活発な雑誌批判】
顧問団との会合は毎週一回開かれました。
各雑誌の編集員と顧問の都合のつく者が顔をそろえ、当月号の雑誌批評から戦況、社会情勢、あるいは載せたい記事、執筆を依頼したい人、避けたい人などを話し合いました。

ところが、集まる顧問のほうは綜合雑誌向きの人が割合多く、『キング』や『少年倶楽部』『少女倶楽部』『婦人倶楽部』については比較的意見が少なく、批評する力も大してなかったようです。むしろいつも『現代』が中心になって活発な意見が出された観があります。

この会合は、当時としては相当効果がありました。何しろ軍部の言論関係者が集まってきて、いろいろ意見を発表するのですから、その人たちの批判を参考にして雑誌の編集を進めていけば、まず間違いはないし、また軍部から横槍が入ることもない。 本社としても編集で案を考えるほかに、そういう社外の知識や情報を得ることは相当有益な効果があったようであります。

ただ、『現代』はいつも風当たりが強く、突っつかれるので、編集員があまり熱心でなく、会合にも欠席がちで顧問組も物足りないらしく、間に入って斡旋している総務部は非常に苦慮しました。

さらにこのほか、顧問を順々に本社に招いて講演会を開き、全社員に聴いてもらいました註①。昭和十六年中がいちばん多く、たとえば昭和十六年三月二十六日に前田隆一氏の「科学を通じての日本精神」、五月三日に西谷弥兵衛氏の「大東亜経済圏についての国策」、五月十五日に志田延義氏の「新しい国史の見方」、七月四日に中河与一氏の「文芸雑感」、九月五日に吉田三郎氏の「東亜問題と国民の覚悟」、十月七日に伏見猛弥氏の「皇日本」。十七年一月八日には、鈴木中佐の「東亜戦争の意義と国防国家」についての大講演もあり、これは堂々三時間にわたりました。