Photo by iStock

出産は「親の身勝手」か?人工授精と倫理をめぐる話題作『夏物語』

著者の川上未映子さんにインタビュー

なぜAIDを軸に据えたのか?

―今作の『夏物語』は生殖医療という極めてセンシティブな問題を真正面から取り上げた長編大作です。物語は二部構成で、まず第一部では'08年の芥川賞受賞作の『乳と卵』が語り直されているのが印象的です。

本作は『乳と卵』の続編というより、『乳と卵』を抱え込むかたちでバージョンアップさせ、リブート(再起動)したものです。

『乳と卵』は10年以上前に、「女性における心と体の関係」を表現したくて、全編大阪弁を使って書いた短編でした。主人公の夏子、姉の巻子、姪の緑子の身体をめぐる泣き笑いには、私がずっと書きたかった物語のタネがあったんです。

私は、人の生き死にや善悪といった「倫理」にかかわるテーマを書きたいという気持ちを持ち続けてきました。40代になって、人生は「死」のほうに近寄ってきていると思います。実際、先頃は祖母の看取りを経験したところです。「死」というものは概念ではなく、身体性を伴って実感していくものなんだと痛感しています。

では、「生まれること」は多くの人にとって「もう済んだこと」かというと、そうではないと思います。子育てが終わっても孫の誕生など、再び向き合う時も来ます。人は人と関わって生きるかぎり、自分や家族や遠くの人たちも含めて、死ぬことや生まれてくることと無関係ではいられないんですね。

―第二部は、第一部の8年後。38歳になった夏子は、次第に「自分の子どもに会いたい」という気持ちを持つようになり、精子提供について考え始めます。このAID(非配偶者間人工授精)をテーマの中心に据えたのはなぜなのでしょうか。

現在、生殖医療はどんどん変わっています。私はよく倫理全般について考えているのですが、この数年、同性婚での妊娠、人工子宮、卵子提供、代理母出産ビジネスやゲノム編集などが、ニュースでとりあげられることも多くなってきました。

 

3年ほど前、AIDで生まれてきた人のインタビュー集を読む機会がありました。親の立場としてはやはり、「誕生させてやったことを喜びなさい」となるんですね。

ところがAIDで出生した子の側は、その感情を共有できません。「なぜ自分は無関係な他人の遺伝子を継いだのか」という問いから逃れられない。産むことと生まれることの非対称性に、大変な衝撃を受けました。苦悩に満ちた言葉は重いもので、本書を書くきっかけになっています。