いよいよクライマックスを迎えるNHK朝ドラの『なつぞら』。9月にはいり、広瀬すずさんが演じる主人公のなつの仕事と育児との苦悩が描かれています。アニメーターとしての仕事をするために友人に子どもをまるっと預けて夜遅くまで帰らなかったり、「あの育児はひどい」「甘えすぎ」などという声も多く出ています。正直言って、その言葉はとてもよくわかります。ちょっと安易すぎるんじゃない? と思う突っ込みどころは多数あります。

しかし、1994年に出版社に入社し、2005年に最初の出産をした私は思うのです。

いや、それでもなつって間違いなく「前例」作ってるから! 
なつみたいな女性たちがたくさんいたおかげで、私たち今、働けているから!
もはや、感謝しかないから! と。

『なつぞら』公式HPより

なつのモデルは、2007年に亡くなられた奥山玲子さん。美しくおしゃれで、多くの女性たちの「前例」だったといいます。夫の小田部羊一(こたべ・よういち)氏とは職場結婚で、「おしどりアニメーター」と呼ばれていました。その小田部さんの著書『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』には、奥山さんがいかにして道なき道をきたのかも綴られています。本書にある「証言」と筆者自身の体験から、「いかになつのモデルとなった奥山さんがすごかったのか」「どうやって道なき道を作ったのか」をまとめました。

広瀬すずさん演じるなつのキャラクターやドラマの演出に対する意見は大いにありますが、それとは別にまず、モデルである奥山さんの素晴らしさと、物語の背景にそびえたつ「当時の働く女性の産むことへのハードルの高さ」をお伝えしたいのです。

「産まないよね?」と
言われるのは普通だった

「産まないよね?」
これは、私が2000年に上長から言われた言葉です。2000年の上旬に結婚し、まもなくして新しい編集部署に異動したときのことでした。29歳の時です。

この上長のことは信頼も尊敬もしていて、彼の下で面白い雑誌を作りたいという想いに燃えていた私は、一瞬「何か」がチラッと頭をかすめながらも、笑いながら「もちろんいま産むなんてないですよ!」と答えました。自分が尊敬する上司から必要とされている喜びもあったと思います。それから4年、妊娠の気配を感じたことは一度もなく、「子どものいない人生になるかもな」と漠然と思っていました。

しかし、結婚して5年目で初めて妊娠をしました。当時私が所属する雑誌は創刊13年目。私は創刊以来初の妊婦となりました。

現代では上長が「産まないよね?」なんて言ったら完全アウト!という感じですが、スマホもなく、テレワークなんて言葉は皆無。「仕事をするのなら現場にいるしかない」状況だったこと、時短や働き方改革もまったくなかったことを考えると、本当に「産む」ことへのハードルが高かったのです。

つまり、編集の仕事は忙しいから子どもは産めない、産んだらやめるか、編集から別の職種に変えてもらうか、産んでも産んでいないかのように働かなければならない――そういう感覚が編集の現場を支配していました。実際、私の先輩方で出産をした人の中には、なつのように産後すぐに復職し、実家の母に育児を任せているという人もいました。出産して会社をやめた方もいるし、「産むと仕事ができないから産まない」という選択をした方もいます。

いわんや、『なつぞら』は戦争孤児のなつが主人公。大人になって出産・育児をするのは1960年代の話です。「女性が男性と対等に仕事をする」ことすらハードルが高かった時代、ましてやアニメーションをつくる現場で、才能も時間も必要な世界で出産なんて……どれだけ強い意志とパワー、そして情熱があったのかと頭がクラクラします。

職場にて。一番右手の真ん中にいるのが奥山玲子さん 『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』より