ハリウッド史に残る「美人女優惨殺」を検死した日本人法医学者の告白

映画『ワンアポ』で話題の事件の裏側
山田 敏弘 プロフィール

ハリウッドに走った激震

1969年8月9日、カリフォルニア州ロサンゼルスは恐怖に包まれていた。ロサンゼルスの高級住宅地にあったポーランド人映画監督のロマン・ポランスキー邸で、凄惨な殺人事件が発生したと大きく報じられたからだ。

 

その日の朝、小高い丘のてっぺんにあったポランスキー邸で家政婦として働く黒人女性はいつも通り家に出勤した。ポストにあるロサンゼルス・タイムズ紙を取り、敷地内に入ると、家政婦はすぐに異変に気がついた。敷地内の至る所に血痕があったからだ。さらに歩を進めると、次々と惨い状態の遺体を発見する。

被害者は5人。彼らは、前の晩にポランスキー邸で、ポランスキーの妻である身重の女優シャロン・テートとともに過ごしていた友人たちだった。

シャロン・テート(Photo by gettyimages)

その5人は、テートをはじめ、ハリウッドを拠点に富裕層男性を専門とするヘアスタイリストのジェイ・セブリング(35)、コーヒーブランド令嬢のアビゲイル・フォルジャー(25)、ポーランド人俳優のボイテック・フライコフスキ(32)、そしてポランスキー邸の管理人だった19歳男性をたまたま訪ねてきたスティーブン・アール・パーレント(18)だった。

パーレントは銃で4発撃たれて死亡していたが、それ以外は皆、銃撃および数十カ所をナイフで刺されて死亡していた。出張でヨーロッパに滞在していたポランスキーの邸宅は血で染められた。

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