精神科で「強制不妊手術」を受けたある男性が、脱走劇の末に見たもの

戦後日本の暗部「断種政策」の実像
佐藤 光展 プロフィール

やってきた「決行の日」

その日、一緒にゴミ袋を運んでいた同じ係の患者2人に「あとは俺がやっておくから」と集積所で伝えた。2人は小島さんを疑うでもなく、「得した」という顔で戻っていく。これまでの従順な演技が効いて、見張り役の看護師も近くにいない。

「今だ!」

持っていたゴミ袋を投げ捨て、スリッパ履きで逃げた。ポリオの後遺症で動かしにくい右脚を引きずりながら、必死に前に進んだ。北に200メートルほど行くとバス停があった。やって来た大通公園行きのバスに飛び乗った。

小島さんがゴミ捨て作業中に脱走した場所。病院の建物は一新されたが、小島さんは今も激しい恐怖を感じるため、車を運転しても、この病院の周辺道路は走れないという(札幌市北区)

所持金は1円もない。終点の大通りバスセンターで、運転手に恐る恐る明かした。「実は今、お金を持っていなくて」。運転手はただならぬ気配を感じたのか、「いいよ」と言って降ろしてくれた。

最初のピンチは脱した。でも、これからどうする。

この辺りで頼れるのは、ススキノで床屋を営む伯母だけだ。憎き父の姉にあたるが、以前から気にかけてくれていた。

 

「精神病院から逃げて来た。助けて欲しい」

スリッパ履きのまま床屋に転がり込んだ。伯母は、小島さんの入院を人づてに聞いていたので、驚くと同時に無事を喜んだ。小島さんは、不条理な体験の数々を伯母に伝えた。

警察官が実行した精神科病院への拉致。診察もなく付けられた病名「精神分裂病(統合失調症)」。「医療」とは名ばかりの隔離や身体拘束。電気ショックをチラつかせた恐怖による支配……。伯母は驚き、悲しんでくれた。それでも、強制不妊手術のことは明かせなかった。

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