〔PHOTO〕gettyimages

インスタとユニクロで日本人の「おしゃれ」が変わった

「表現」から「共感」へ

日本人はここ30年のあいだで、おしゃれであることが「見た目」から「くらし」にシフトしている。そう指摘するのは、新著『おしゃれ嫌い 私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』(幻冬舎新書)で、ユニクロの普及とともに起きた日本人のファッション観と消費の変化について読み解いた、甲南女子大学教授で社会学者の米澤泉氏。

米澤泉氏

実際、日本人の「おしゃれ」に対する感覚はどのように変化しているのか。「おしゃれはセンスではなくロジック」であるとして、そのメソッドを綴った本『最速でおしゃれに見せる方法』(扶桑社)がベストセラーとなったファッションバイヤーのMB氏とともに、日本人の「おしゃれ」のこれまでとこれからについて語り合ってもらった。

MB氏
(構成:稲田豊史、写真:飯岡拓也)

「おしゃれ」の定義が30年で変化した

――米澤さんは『おしゃれ嫌い 私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』で、80年代のDCブランドブーム収束後、ファッショントレンドはボディコン(服よりも身体を見せることが重要)と渋カジ(服に過剰なレトリックや個性はいらない)にシフトしたと指摘されています。日本人にとって「おしゃれ」の定義は、この30年でどう変わってきたのでしょうか。

米澤:日本人がおしゃれに頑張り始めたのは、80年代くらいからだと思うんですけど、DCブランドブームの頃はおしゃれが自己表現とイコールでした。当時はスマホもSNSもありませんから、会ったときの印象で人となりがすべて判断される。だから部屋は狭くて汚くて、インスタントラーメンばかり食べているひどい食生活でも、高い服だけはお金を貯めて買う、そんな人もいました。

今は高い服を着ていなくても、インスタグラムなどのSNSで自分のライフスタイルや価値観を人に伝えることができますから、必ずしも服にお金をかける必要がない。むしろ衣食住のバランスがいい人が「おしゃれ」です

MB:米澤さんが教鞭をとられている甲南女子大学(神戸市)の学生さんのファッションにも変化が見られますか?

米澤:大学に10年以上籍を置いていますが、だいぶ変わってきていますね。一言で言えば、カジュアルになりました。うちの大学は特殊で、世間の大学よりもファッションにコストをかける人やブランド好きな人が、日本でも1、2を争うほどに多いんですが(笑)、それでもカジュアル化の波は顕著です。10年前なら、少人数の授業やゼミに来る学生は「ブランドバッグが当然」でしたけど、今はそこまでではありません

 

MB:90年代とか、僕がショップスタッフをやっていた00年代は、まだブランドものを買うことに多くの人が意味を見出していましたし、ブランドものを買わなければ手に入れられない価値が確かにあった。でも10年代にユニクロの質が高くなったことをはじめ、ファストファッションなどの選択肢が増えたことで、「別にブランドなんてロゴマークのタグがついてるだけじゃん。これっぽい恰好ならユニクロでも再現できるよ」と言い出す人が増えたと思います。