ユニクロが私たちの中で「ダサくなくなった」のはいつからか

日本人の「服を着る意味」が変わった
米澤 泉, MB プロフィール

「安かろう・ダサかろう」時代のユニクロ

――ユニクロが日本全国でポピュラーになりはじめたのは、PB商品の取り扱い比率を高めて製造型小売業に事業転換を進めた1997年、フリースがヒット商品になった1998年あたりからですが、その頃のユニクロの立ち位置は今とどう違っていたでしょうか。

米澤:私の感覚で言うと、90年代のユニクロはまだ「家で着る服」。GAPはブランド系の一番下で許せるけど、ユニクロは許せない、という空気でしたね。COMME CA DU MODE(コムサ・デ・モード)の廉価版のCOMME CA ISM (コムサイズム)なんかもありましたし、わざわざユニクロで買わなくても、と。他にも選択肢があったんです。

MB:僕は90年代後半に新潟の高校生でしたが、世間は裏原ブームが一段落して、そこからどっちに行くのか? みたいな時期でした。概ねストリートファッションが強かったですね。ユニクロは素材も悪いしダサいけど、大きめのサイズを選べばなんとなくストリートっぽく見える。だから買っていました。安かったですし。当時、新潟にユニクロはなかったので、お金を貯めて東京に出た時に池袋のユニクロに行って。

 

米澤:ただやっぱり、カラーバリエーションのセンスがね……。なんとも言えないピンクとか。

MB:ありました、ありました。ユニクロカラー。使っている綿の悪さが発色を悪くしちゃってて、はっきりした色が出せない。

米澤:8色あっても選ぶ色がないから、仕方なく黒にしたりして。

MB:ただ、当時は今ほど服の量販店はなかったですし、イオンみたいに安い服もない。安い服があったとしても、おじさんくさいデザインばかり。だから安いユニクロには需要がありました。でも、本当におしゃれを追求したいならやっぱりユニクロはダメ。パーカーなら1万円くらいは出さないと形がいいものは買えない。

米澤:ひとりあたりの被服費は当時のほうが今より明らかに高かったですね。ただ、今は点数が増えています。被服費が同じ1万円だとしても、20年前より今のほうが買う枚数は多い

MB:10年前と比べても、今は個人のワードローブが何倍にも膨れ上がっているという統計がありますからね。