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アフリカゾウ密猟、その「現場と構造」をえぐり出した「衝撃のルポ」

日本人にとっても他人事ではない

密猟組織によるアフリカゾウの虐殺に迫った衝撃のルポ、三浦英之『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』(小学館)。作家の角幡唯介氏が、同書の読書体験の衝撃をつづる。

われわれの手は血で染まっている

大地に君臨する巨大な存在が、この地球上から姿を消そうとしている事実をあなたは想像できるだろうか。その存在は猛々しく、圧倒的で、かつ賢く、王者の風格がある。私たちにも馴染み深く、それがそういうものとしてこの世界にいることは、あまりに当たり前なことになっている。だからそれがいなくなることに想像力の射程は及ばない。

アフリカゾウとはわれわれにとってそうした存在ではないだろうか。その動物が象牙密輸の目的で大量虐殺されている。本書は一人の新聞記者が、その実態をつきとめようとしたレポートであるが、その内容はショッキングのひと言につきる。

象牙の密輸はテロリストの重要な資金源になっており、密猟には政府当局や現地レンジャー隊員が関与している。しかも裏で仕切っているのは中国政府であり、象牙の向かう先は中国、日本市場だ。つまりこの大虐殺は日本人にとって決して他人事ではなく、冗談抜きでわれわれの文化、習慣と密接にかかわっている。われわれの日常が多くの無残なゾウと人間の死につらなり、われわれの手は見えない血糊で赤く染まっているのだ。

 

しかし本書が真にショッキングなのは事実の詳細よりもむしろ、ありえないことがじつはありえるのだと突きつけてくるところにある。

ゾウの密猟被害は私も常識として知っていた。しかし冒頭書いた通り絶滅の可能性にまでは思いはおよんでいなかった。他の多くの読者も似たようなものだと思う。しかし本書をよむうちに、私は、その想像力の射程圏外にあった事実が一気に射程圏内に進入してくるのをひしひしと感じた。密猟関係者のふとした仕種、表情、つぶやき、冷たい視線。いくつもの断片的な描写の向こうに、ゾウの確実な絶滅という恐るべき風景が立ちあがってくる。

思わず無力感で茫然とするが、だが重要なのはまずは知ることだ。それを知ることで、知らなかったときより確かに一歩前進できる。そんなことを実感させられる読書になるだろう。