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# 医療 # 介護 # ALS

国会議員誕生で議論沸騰…「重度訪問介護」の何が問題?

篠沢教授とれいわ新選組

『命尽くるとも』と「古代の心」

人工呼吸器を着けた篠沢秀夫教授の横に、児玉清が腰を落として寄り添っている。もうこの世にない二人が帯を飾る『命尽くるとも』は、2010年8月30日文藝春秋刊行。のたくるように細く描かれたタイトルの文字は、ALSに侵された教授の筆によるものだ。

児玉はこの本の出版から1年に満たない2011年5月16日、胃がんにより死去。享年77歳。このときはALSに侵された教授のほうが、盟友児玉に励まされていたのであるが、がん患者に先立たれてしまうALS患者は珍しくない。きちんとケアすればALSは長生きできるので、障害に慣れてきたALS患者が、がんのほうが恐ろしいと言うこともある。

表紙の左上のところに「古代の心」とある。ALS教授の決め言葉だった。心穏やかに闘病するためのキーワードと思われていたが、本書によると、どうやら皇室を礼賛してきた理想の日本人像をさしていて、「天皇の作った穏やかな古代日本のようにのんびりとできないものか、高度設備社会でも、それを目指している社会でも、古代の心でのびやかに生きよう」と結んでいる。

篠沢教授(とTBS)のおかげで、新宿区内の65歳以上の障害者も、「重度訪問介護」という障害者の介護サービスを受給できるようになったことは前回述べた(https://post.gendai.ismedia.jp/articles/-/66105)。おおよそ地位も名誉も家族も資産もある人が、公的介護給付をめぐっては身寄りも資産もない重度障害者と同じ要求をし、しかも当時は牙城とも呼ばれた新宿区から、長時間の介護給付をもぎ取ったので、障害者運動家たちも驚いていた。

全身性麻痺という身体環境に置かれては、皆等しく介護保障を求めざるをえない。教授に反論するつもりはないが、古代の日本には介護保障などなかったし、そもそも介護とか社会とかいう概念もなかった。昭和の終わりくらいまではALSを発症した者を座敷牢や蔵に閉じ込めていた村もあったという。

働ける人が働き、働けない人に稼ぎを分かち合う社会でなければ重度障害者は生きられない。

新宿区という世界屈指の高度技術を備えた街に住み、福祉に対する偏見も因習もしがらみもなく公的介護給付が得られたからこそ、ALSを罹患しても教授は自宅で暮らし、執筆もできた。愛妻への感謝は随所で語られていたが、その妻に苦労をさせないために介護サービスの利用を申し出て、どのヘルパーにも平等に接し一切の文句を言わずに療養されていたのを私は知っている。介助を受けるときにこそ「古代の心」を発揮されていたと思う。

ALS患者にとって、卓越した介護人なき在宅療養は家族崩壊の定めにあるのだ。「明るいはみだし」の篠沢家には、安定した介護サービスが必要なことを教授はご存知だったし、介護を受けながら、たじろぐことなく取材を受け、テレビ番組にも出られていた。そして、過酷なALSの身体を「古代の心」で穏やかに忍耐強く生き抜かれた。