日本人は、実は「助け合い」が嫌いだった…国際比較で見る驚きの事実

そして背後にある「政治嫌い」の意識
坂本 治也 プロフィール

「自助」「自己責任」が好きな日本人

以上のように、総じて日本人は、現状では「共助」を忌避する傾向が強い。この事実に対して、「別にそれで構わないのではないか? 寄付やボランティアはやりたい人だけがやり、やりたくない人はやらなければ、それでよい。困っている人を助けるのは、政府の役割・責任だろう」というリアクションがあるかもしれない。

もちろん、筆者も「公助」がもっと広まっていくこと自体には賛成である。確かに、結果的に困っている人が救われるのであれば、「共助」か「公助」かは、それほど重要な区別ではないのかもしれない。

 

しかし、困ったことに、日本人は「公助」による人助けについても、他国に比べれば冷淡な態度をとる人が多い。ISSP(International Social Survey Programme)が35カ国を対象に2016年に実施した「政府の役割」調査3によると、日本は他国に比べると、社会保障の充実を「政府の責任」だと考える者の割合が少ないことが明らかとなっている。

たとえば、「失業者がそれなりの生活水準を維持できるようにすること」が「政府の責任」だと考える者の割合は、日本では53%であり、他国に比べて低水準である(図6)。このような傾向が日本で見られるのは、世界最悪といってよい日本の財政状況が影響していることは間違いないであろう。

図6 失業者の生活保障は「公助」対象かについての各国の認識
出所:ISSP「政府の役割」調査よりデータを抜粋して筆者作成。

以上を踏まえると、「『共助』は弱くても『公助』を充実すれば、それでよいではないか」という考え方も、日本では簡単には広がっていかないことが理解できる。

図6を見れば、日本と同様に、アメリカ、イギリス、オーストラリアなど、いわゆるアングロサクソン系の国々でも「失業者の生活保障は政府の責任」と考える者の割合は少ないことがわかる。しかし、これらの国は、図1で示したWorld Giving Index(≒「共助」への意欲)においては、最上位に位置する国でもある。つまり、世界トップクラスの「共助」が存在する国といえる。

これらの国では、「公助」は控えめで良いと考える反面、市民同士による「共助」をしっかり充実させていく、という考え方をとる人が多いのであろう。これはこれで、1つの「国のあり方」だといえるかもしれない。

他方、日本は、「共助」も「公助」も控えめで良い、と考える世界でも稀な国である。自分は寄付・ボランティア(共助)も税金(公助)も負担したくない、失業や貧困などで困っている人は自分の力でなんとかすべきだ。このように、「自助」と自己責任を強調するのが日本人の特徴と言える。

確かに日本人は、家族・友人・同僚という「内輪」には優しい(=甘えと身内びいきを許す)のかもしれない。しかし、「内輪」の範囲を超えた他者に対しては、結構冷たいのである。国際比較の観点からは、そんな日本人の意外な姿が浮かび上がってくる。

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