「羽田新ルート問題」をめぐる“日米密約”が民主主義を破壊する!

国民よ、主権者になれ!
稲垣 久和 プロフィール

「無根拠な試算」は住民を説得できるのか?

専門家集団の技術的レポートはこれでよい。しかし、それを採用するかどうかの判断はもちろん日々生活している市民、すなわち住民・国民側に委ねられている。つまりここから先は政治のそして国民主権のもとでの民主主義の問題なのである。専門の委員会側がこのようなレポートを出した時に、それをよく学習し、疑問があれば質問し、対話的に議論を深め結論を出していくのが熟議民主主義の意味である。

では、この目標となる2030年に首都圏発着便が100万回/年、という数字はどこから出てきたのか。率直にいって根拠は何もない。あるとすればそれは、GDP指標等の伸び率を理想的に斟酌した数字である。人よりも数字だ。「その数字の下で人間がどう生きているか」ということへの考慮は一切ない。そういう意味では人間の総合的な幸福度について何ら根拠のある数字ではない。

つまり、なぜ100万回/年に増やさなければいけないか、と問えばそれは経済政策としての新自由主義のGDP信仰以外の理由はないと考える。ホモ・エコノミクス(経済人間)を採用する専門化集団はそう考える、というに過ぎない。

ただ、この人間観は筆者が再三語っているように、現代人全体のもつ強固な信仰である。その中にあって「人はGDPのみに生くるにあらず」と言いたい。そもそもそのような「幸福のモノサシ」では、日本自身がもう崩壊寸前にあることが随所で指摘されている通りである。

それでも、専門家集団が著した本書は首都圏空港の拡充のあり方に重要な視点を提供している。それは羽田、成田空港以外に都内の横田飛行場と茨城空港を前提にした議論を展開していたことである。このレポートが2010年発行の政府サイドの調査委員会の文書であることに注意すべきだ。

筆者はこのレポートから別の結論を引き出せる。つまり、旧B滑走路の再活用とE滑走路を建造しても、これを使用しつつ「海から入って海から出る」の「公正なルール」の枠内に限定することが十分可能なのではないか。なぜなら、都心低空を通すことにより、先述のようにせいぜい3万回/年しか増えないにもかかわらず、横田と茨城を入れれば、都心上空を通すことなく10万回/年増えることになっているからだ。

これが2010年の「首都圏空港将来像検討調査委員会」レポートの内容である。

しかし、2012年末の第2次安倍政権の成立とともに、このレポートは意図的に無視された。またはこの政権の特有の体質として、都合のよい数字のみを引っ張り出し都合悪いものは「無いこと」とした。アベノミクスのその場しのぎの「2020年のオリンピック・パラリンピックのフィーバー」の掛け声の中で(横田や茨城は一顧だにせず)、都心上空を3.9万回/年通すことのみを目論んでいる。

2018年1月23日の安倍首相の施政方針演説の一部分を抜粋する。

「羽田、成田空港の容量を、世界最高水準の100万回にまで拡大する。その大きな目標に向かって、飛行経路の見直しに向けた騒音対策を進め、地元の理解を得て、2020年までに8万回の発着枠拡大を実現します」。

「100万回にまで拡大する」という数字はどこから引っ張り出したものか。ここで紹介した調査委員会レポート以外にないだろう。だとすれば「羽田、成田空港の容量を」ではなく「羽田、成田、横田、茨城空港の容量を」といい直すべきではないのか。羽田と成田は現状のままであったとしても、さらに横田と茨城を加えれば10万回まで増える、という試算をすでに政府サイドで出しているのに、なぜ、羽田と成田のみで増便しようとするのか。羽田側住民と成田側住民を互いにケンカさせる意図なのか。

横田に一切触れない理由は、当然、(米国ときちんと対等に向き合った交渉課題である)“日本国内米軍基地問題”を交渉する能力がこの政権にないということの言い訳であろう。「地元の理解を得て」という表現で、米国は説き伏せられないが、しかし地元住民の方は簡単にねじ伏せられる、と高をくくっているということであろう。実際、筆者がこの1年間に経験したのはそのことであった。