©2019「アルキメデスの大戦」製作委員会 ©三田紀房/講談社

数学で戦争を止める! 大ヒット『アルキメデスの大戦』の「奇跡」

秘話を数学監修チームが明かす
興行収入20億円に迫る大ヒットとなった映画『アルキメデスの大戦』。「数学で戦争を止めようとした男の物語」との触れ込みだが、数学で戦争を止めるなど、明らかに困難な試みに思えてしまう。

この困難を可能にした「数学監修チーム」の熱い思いを、横浜国立大学理事・副学長の根上生也教授が代弁する。最小限のネタバレはお許しください!

リアリティのある「天才」をどう表現するか

『アルキメデスの大戦』の主人公は、菅田将暉さん扮する櫂直(かいただし)という人物です。

彼は作中では、「西の湯川、東の櫂」「100年に1人」と評される天才数学者とされています(湯川は物理学者だけど……)。

ですが、「天才なのだから、普通の人にはわからない特殊な能力があって、魔法のように問題を解決する」としてしまうと、フィクションとはいえ、ドラマとしてのリアリティを欠いてしまいます。

そこで、数学監修を務めた横浜国立大学チームでは、櫂の能力を次のように設定して、ストーリー全体に一貫させました。

能力1 具体的な数の計算がすごく速い。
能力2 曲線などの形を見極め、それを具体的な数式で表すことに長けている。
能力3 形に潜む法則を「美しさ」として直観できる。

能力1については、映画を観ていれば、誰の目にも明らかです。ですが、残りの2つはそういうつもりで見ていないと、気づかないかもしれません。

投扇興の奇跡

こうした櫂の能力を最初に暗示させるのは、山本五十六と芸者遊びをしている櫂が出会う冒頭のシーンです。

櫂は巻き尺で芸者衆の体形を測定しようとじゃれています。そのかたわらで、他の芸者衆が投扇興に興じている。投扇興とは、小さな台の上に置かれた「蝶」と呼ばれる的をめがけて扇子を投げ、扇子と蝶がどのような配置になるかで得点を競うゲームです。

アルキメデスの大戦©2019「アルキメデスの大戦」製作委員会 ©三田紀房/講談社

櫂はいくつかの測定をした後、「ここからいつものように投げてごらん」と一人の芸者に促し、その芸者がそのとおりにすると、扇子がみごとに台の上で制止するという奇跡が起こってしまいます。

物理学的には、扇子がどのような軌跡をたどり、どこで止まるかは、扇子を投下する位置と速度で決定されるはずです。とはいえ、扇子が飛んでいく過程で空気抵抗を受けて回転したり、扇子周辺に発生する乱気流によって浮力が生じたりしてしまうため、その軌跡を正確に求めることはコンピュータを使ったとしても困難です。

にもかかわず、櫂が奇跡を起こせたのはなぜか。

実は、櫂は正確に扇子の軌跡を求めようとしたのではありません。

まず櫂は、芸者衆の投げる扇子の軌跡をつぶさに観測し、その軌跡がどのような曲線になるのかを見抜きます。そして、能力2によって、扇子の初期位置と速度をパラメータとする数式を作った──ということにしました。

その数式自体は数学監修チームのメンバーで解析学を専門とする牛越惠理佳講師が用意しました。映画ではその数式が櫂の後ろに流れるシーンがありますが、それは厳密なものではないので、数式全体を映し出さないようにしてもらいました。

櫂は「君の扇子を投げる速度はいつも同じだった」といい、扇子を投げる位置を指示します。その指示に従って、その芸者が扇子を投じると、見事に奇跡が起こるという仕掛けです。

もちろん、芸者の扇子を投じる速度が厳密に同じにできるわけもないし、櫂が立てた数式も近似式でしかないので、うまくいったのは偶然としか言いようがないでしょう。

余談ですが、私たち数学監修者で議論した後に、試しに扇子を投げたところ、見事に扇子が台の上で止まり、その場にいた全員で感動したことがありました。これも偶然のなせる業です。

このように、全情報を集めてから正確に計算をするのではなくて、「そこにある現象を表す曲線の概形を見抜き、それを表す数式を想定する」という櫂の行動を見せておくことは、後に海軍会議室で櫂が力説するシーンの伏線になるはずだ──。数学監修者の間ではこう理解することにしました。