フランス「スカーフ事件」から30年、いまだ分断が加速する理由

ヴェール問題の争点はどう変化してきたか
伊達 聖伸 プロフィール

同じ「西洋」と言っても、ヨーロッパでは顔を覆うヴェールの着用を法律で禁じることを支持する人びとが多数派だが、アメリカ大陸では事情が異なる。

2010年のピュー・リサーチ・センターの調査によれば、顔を覆うヴェールの着用を禁じる法律を支持する人びとの割合は、フランス82%、ドイツ71%、イギリス62%、スペイン59%と過半数だが、アメリカ合衆国では28%である。

Pew Research Center「Widespread Support For Banning Full Islamic Veil in Western Europe」より

アメリカ大陸のなかで特異なのは、カナダのケベック州である。2017年には、公共サーヴィスを受けるときは顔を見せて行なうという法律が制定された。いわゆるニカブ・ブルカ禁止法である。

さらに、今年2019年6月、秋の新学期から教員のヴェール着用を禁じる「ライシテ」の名を冠した法律が採択された。ケベック州は、大都市モントリオールと地方との地域差が大きい。地方では法律を歓迎する声も多いようだが、ムスリムの教員も多く抱えたモントリオールでは法律制定後も反対意見が根強い。

今のところ、新大陸でイスラームのヴェールを規制する法律を制定したことがあるのはケベックのみである。原因のひとつは、北米にあってフランス語を唯一の公用語とし、フランスとよく似た議論がなされることにあるだろう。

だが、より本質的には、ケベック社会が北米におけるマイノリティとして、自分たちの文化的アイデンティティを防衛しなければ、社会の存続が危ぶまれるという意識を持つ人びとが多いことだろう。

ヴェール問題はフランスだけでなく、ヨーロッパ大陸の広がりをも超えて、争点を移しながら続いている。ヴェールの意味は社会的な文脈によって異なる面と、グローバル化によって他の社会の議論の構図が直接的に持ち込まれる面とがある。

冒頭のオリンピックの話に戻れば、パリ大会ではヴェールを着用する選手は認めないというフェミニスト団体の主張に、共鳴するイスラーム圏の女性もいるだろう。だが、このようなフランス主導の女性の「国際標準」像に抵抗を示すイスラーム圏の国々や女性たちも多いだろう。

 

とかくヴェール問題はイデオロギー論争に陥りがちだ。だが、ヴェールの意味はしばしば想定されている以上に多様で奥が深い。その点に想像力をはたらかせて、この問題を考えることができるかどうか。

フランス語では、「ヴェールを外す」という動詞dévoilerは「真理を明らかにする」という意味も持つ。ヴェールを被る女性に外すことを求めるよりも、視線を注ぐ人間の目から鱗が落ちること。簡単にはいかない現実は百も承知で、理念的にはそんな発見的対話が望ましいと私は思っている。