フランス「スカーフ事件」から30年、いまだ分断が加速する理由

ヴェール問題の争点はどう変化してきたか
伊達 聖伸 プロフィール

ブルキニには、通常のヴェールにはない特性がある。通常のヴェールは昔から存在するもので、着用は宗教的義務であると説く宗教指導者も、そのように感じている女性も、少なくない。

一方、ブルキニは2000年代に開発されたもので新しい。浜辺やプールで男性の目に触れても慎みを守ることのできる水着という、現代ムスリム女性の倫理感覚にマッチしたファッションである。

よく「ヴェールの背後には原理主義者がいる」とまことしやかに語られる。だが、同じことをブルキニについて言おうとすると、いささか奇妙な事態に陥る。

というのも、仮にも原理主義的と言われるような男性の宗教指導者ならば、女性がヴェールさらにはニカブやブルカを被って外出することは認めるかもしれないが、ブルキニであっても水着を着て浜辺やプールに出かけること自体を咎めると思われるからである。

ブルキニ着用は必ずしも「宗教的信念」に基づいていないと主張するグルノーブルのムスリム女性たち。その背景には、ブルキニはイスラームの伝統的な宗教的教義に適った服装ではないという事情がある。その点において、ブルキニは脱宗教的である。そのようなブルキニを着てプールに行く時点で、それは女性の自由に適うことなのである。

だが、ヴェールは男性が女性を支配する道具であり、ブルキニはそれに連なるものという観念は根強い。ブルキニは、片や男女平等に反するものと言われ、片や男女平等のためなのだと言われる。

フランス語には、相手の主張を聞こうとしない者どうしの会話を「聾者の対話」と呼ぶ表現がある。1989年以来、ヴェール問題の争点は変化してきたが、一貫しているのはフランス社会の分断を露呈し加速する「聾者の対話」が続いてきたことかもしれない。

 

フランスを超えた広がり

日本人がヴェール問題と聞いて誤解しがちなことがある。それは、ライシテの価値観が浸み込んだフランス人は、西洋社会のなかでも特にヴェール着用の規制に熱心な国民であろうという通念である。

2017年にピュー・リサーチ・センターが西欧15か国を対象に行なった調査によれば、ムスリム女性の宗教的衣装を何らかの形で制限すべきであると回答した国民の割合が最も高かったのはオランダである。フランスは7番目で、むしろ中間に位置する。

Pew Research Center「Most Western Europeans favor at least some restrictions on Muslim women’s religious clothing」より

この30年間、フランス以外でもヴェール問題は起こってきた。

イギリスでは、学校長がスカーフを着用したムスリムの女子生徒を帰宅させる事件が1989年に起こっている。スペインでも2002年、ムスリムの女子生徒が国から補助金を受けたカトリックの私立学校に通おうとしたところ、ヴェール着用を理由に拒否された。こうした例は枚挙にいとまがない。

ドイツでは、アフガニスタン出身の女性が教員採用試験でヴェールを着用したために不合格となり、裁判所に訴えた。2003年、連邦憲法裁判所は教員勝訴の判決を出したが、皮肉にもその後、多くの州で教員のヴェール着用を禁じる法律が採択された。

ドイツのヴェール禁止の対象は教師であって生徒ではない点からすると、生徒のヴェールをも禁じるフランスのほうが厳しいと映るかもしれない。ただ、ドイツのヴェール禁止は社会のキリスト教的アイデンティティの確認と連動している。

この点に注目すると、フランスの2004年のヴェール禁止法は、少なくとも建前上は諸宗教を平等に扱う姿勢を見せている。にもかかわらず、ライシテの正体はイスラモフォビアという理解を日本人はしがちである。

たしかにそのような面はあるし、そうした批判をするのも自由だが、ライシテは反イスラームの一点には還元できない。フランスのライシテが特殊なのは、反イスラーム的な点にあるのではなく(それは他の社会にもある)、多様な人びとの宗教的性向を超えた次元に市民社会を構想する点にある。

ブルカやニカブのように顔面を覆うヴェールを公的な場で着用することを禁じる法律を他国に先駆けて制定したのはフランスだが(2010年制定、翌年施行)、すぐにベルギーが続いた(2011年)。ブルガリア(2016年)、オーストリア(2017年)、デンマーク(2018年)でも、公共の場でのブルカやニカブ着用は法律で全面禁止されている。

今年2019年8月には、オランダで、公共機関(学校、病院、公共交通機関など)において顔を覆うヴェールを着用することを禁じる法律が施行された。場所に応じた禁止、一部の地方での禁止を含むと、ブルカやニカブを禁止する法律のある国は現在ヨーロッパの15か国にのぼる(ロシアとトルコを含む)。

The Economist「Burqa bans have proliferated in Western Europe」より