ニカブを着用する女性〔PHOTO〕gettyimages

フランス「スカーフ事件」から30年、いまだ分断が加速する理由

ヴェール問題の争点はどう変化してきたか

東京オリンピックまであと1年を切り、本当に開催できるのか、問題が生じたら誰がどう責任を取るのか、非常に気がかりなところである。ところで、その4年後に控えているパリ・オリンピックに向けても、ひとつ気になる動きがある。

サルトルの伴侶でもあったボーヴォワールが創設した国際女性権利同盟などを中心とする団体が、2024年の大会ではイスラームのヴェールを被った女性アスリートを送り込んでくる国を除外するよう、国際オリンピック委員会にはたらきかけているのである。

 

オリンピック会場ではいかなる種類の「政治的・宗教的・人種的プロパガンダも認められない」。「各人はいかなる種類の差別も受けることなくスポーツをすることができなければならない」。ヴェールは、このように謳うオリンピック憲章の精神に反するという。

ヴェール姿の女子選手は、必ずしも政治的・宗教的プロパガンダをしているわけではあるまい。彼女たちの参加を拒むことこそ差別であって、政治的・人種的プロパガンダに当たるのではないか。そんな気もするのだが、パリ大会にヴェールは要らないと考えるフェミニスト団体にとって、この宗教的標章は性差別の道具以外の何物でもない。

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具体的な国として、イランとサウジアラビアが名指しされている。自分たちの運動は、これらの国でヴェールを強制されている女性に連帯の手を差し伸べることなのだという。

フランスの一部の政治家も、この動きを後押ししている。ライシテの国フランスは、人権そして女性の権利を高く評価する自由の国だ。ヴェールをオリンピックに持ち込ませることは、そうした自由を否定することになる、と。

ライシテとは、国家と宗教を分離し、信仰の自由を保障するフランスの憲法原理。この政治家にとっては、イスラームのヴェールはライシテと男女平等と自由に反する。だが、実はオリンピック選手がヴェールを着用することも、ライシテと女性の権利と自由の名において擁護しうるはずなのだ。

いずれにせよ、ここにあるのは「フランス流」を「国際標準」にしようとする動きだ。ただし、これはフランス国内の統一見解ではまったくない。

今年はフランスで「最初のスカーフ事件」が起きてから30年。イスラームのヴェールをめぐる問題の争点の変化と広がりを振り返ってみよう。

公立校に通うムスリム女子生徒のヴェールが焦点

1989年秋の新学期。パリの北にあるクレイユの公立中学校に、3人のマグレブ出身の女子生徒が、ヒジャブと呼ばれる頭髪を覆うスカーフを被って登校した。9月18日、校長は彼女たちが授業に出ることを禁じた。

三面記事でもおかしくなかったはずの事件が、フランス社会を二分する大論争になった。ライシテや男女平等の理念に照らして、ヴェール禁止と容認のどちらが適切なのかが熱く語られた。

社会党のジョスパン国民教育大臣は、学校と教員は子どもと親にヴェールを外すよう勧めるべきだが、それを拒否して被って来た場合は、学校は子どもたちを受け入れなければならないと発言した。これには社会党内部からも批判が出た。

国務院は、ヴェールの着用がこれ見よがしなものであってはならないが、それ自体ではライシテの原則とは矛盾しないという判断を出した。ケースバイケースの判断で容認されるということである。

この年の2月には、イランのホメイニ師が前年に発表された『悪魔の詩』の作者サルマン・ラシュディーに死刑を宣告する事件が起こっていた。7月にはフランス革命200周年が祝われた。11月には東西冷戦を象徴するベルリンの壁が崩壊した。

フランシス・フクヤマは「歴史の終わり」について語り、サミュエル・ハンチントンは西洋とイスラームが対峙する「文明の衝突」が起こると未来予測を立てていた。こうした状況で、社会におけるイスラームの位置や、フランス的統合の理念が検討されたのである。