名倉潤の悲劇は他人事ではない…日本の慢性痛医療の知られざる事情

ヘルニア=慢性痛という大いなる誤解
木原 洋美 プロフィール

海外からおいてけぼりに

とはいえ、読者の多くは「日本の優秀な整形外科医が、そんな不勉強なはずがない。まして、不必要な手術が許されるはずがない」と思うだろう。しかし残念ながら、日本の慢性痛医療が、他の国々に比べて著しく遅れていることは間違いない。なぜなら、日本の大学の医学部では、痛みの専門教育はなされていないからだ。本稿で取材した加茂医師は独学で、北原医師はアメリカに留学して学んだという。


現在、日本で、慢性痛医療を牽引している数少ない医師たちは皆、そうやって慢性痛について学んだ方ばかりで、後進の育成が思うように進まない今、「このままだとあと10年程度で集学的(単純に切って治す等ではなく、さまざまな方法を組み合わせて治療する、世界の主流的なやり方)痛み診療の知識や技術の継承は途絶えてしまう可能性が高い」と危機意識を募らせる医師もいる。

ただ、少しずつだが、変化もみられる。

北原医師は、厚労省や神奈川県から補助金をもらい、医療従事者から市民まで幅広い層に向けた勉強会を開催しており、整形外科医の参加者も徐々にだが増えているという。さらに今後は、慢性痛に関する正しい知識を広めるWEBサイトの制作・運営、動画の配信、横浜市大を核にした慢性痛医療の担い手の育成プロジェクト等、精力的な活動を展開する計画を立てている。人手も資金も圧倒的に不足しているため、なかなか勢いがつかないことが現代の切実な悩みだ。

また、三重県鈴鹿市の鈴鹿医療科学大では8月21日から23日までの3日間で、三重大との合同体験型実習が行われ、両大学の2年生を中心とした約60人が医療連携を通じて疼痛治療の基礎を学んだ。

両大学は2017年度から合同で、文科省の「課題解決型高度医療人材プログラム」による「地域総括役社会のための慢性疼痛医療者育成事業」に取り組んでいる。これは5年間の事業で「慢性の痛み」という課題に向け、薬や手術だけでなく、理学療法や心理的な問題を含め、総合的なチーム医療で解決にあたるための医療従事者を育成するのが狙いだ。

同事業推進プロジェクトリーダーの1人、三重大学大学院医学系研究科麻酔集中治療学の丸山一男教授(62)は「学生時代から痛みの要因を複合的に理解することが、高度な医療従事者を育てることにつながる」と話している。(2019年8月22日 伊勢新聞参照)

明るい話題はゼロではないが、基本的には、はなはだお寒い状況にある日本の慢性痛医療。名倉氏のニュースをきっかけに、me-too 、KuTooならぬ、YouToo/KeyTooi(あなたも腰痛、私も頸椎がきつーい)的な運動が起きることを期待したい。