名倉潤の悲劇は他人事ではない…日本の慢性痛医療の知られざる事情

ヘルニア=慢性痛という大いなる誤解
木原 洋美 プロフィール

北原医師はさらに、かつては数週間の入院を要した大手術しかなかったところに、日帰りでもできてしまう低侵襲の手術が普及してきたことも問題視している。

「手術の侵襲性が低くなると良い面はもちろん多々ありますが、悪い面も出てきます。私が危惧しているのは、手術を決定する閾値(いきち:境目となる値)が低くなることです。すなわち、いろいろな意味で、以前は手術対象とならなかった人にまで手術を行うようになっている。

手術が本当に必要だったのに、今まではあきらめてきた、そういう人にもできるようになった、というのなら良いのですが、それだけではない。症状がそれほどでもなく、手術でよくなるかわからない、とか、他の疾患が合併しているから、大変な手術よりもまずそちらを先に治療したほうが、とかいう患者さんが、簡単だから、“とりあえず”手術をしてみよう、となってしまう可能性もあるのが問題なのです」

本当の病名は「筋筋膜性疼痛」

では、名倉氏の痛み・しびれの本当の原因はなんだったのか。

無論、本人を診察してみなければ断言はできないが、一番考えられるのは「筋筋膜性疼痛症候群」だと前出の加茂医師は言う。

「簡単にいうと筋痛症ですが慢性化しやすく、範囲が広がった状態です。名倉さんの場合は、僧帽筋、斜角筋、頭板状筋、肩甲挙筋、胸鎖乳突筋などの筋肉の痛みだったのではないでしょうか。筋肉の緊張、脳の痛覚過敏が治ればいいのですから、いろんな治療に反応するので、トリガーポイント注射、鍼、マッサージなど簡単な治療で対処できると思われます(※1)。手術で治ることはあるでしょうが、暗示的なプラセボ効果でしょう。長続きしないことが多く、痛みが再発することが多いです。手術は麻酔下のケガですから、一層痛みが複雑なものになる可能性があります」

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筋筋膜性疼痛症候群は、聞いたことがないという人も多いかもしれないが、以前日経メディカルに掲載された『病名に「痛」がついた疾患で、受診者が最も多いのは?』という記事で、「筋肉痛」「神経痛」を抑えて第6位にランクインしたこともある。知名度は低くとも患者数は多い、病院へ行かない患者まで含めれば、実にありふれた疾患といえる。

事実、前出の北原医師のもとへ「難治性の慢性痛」で紹介されてくる患者の8割は、筋筋膜性疼痛症候群との合併症が占めており、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症、腰椎すべり症、坐骨神経痛等の聞きなれた病気と誤診され、一通りの治療(通常の鎮痛薬や神経ブロック療法など)をして良くならないと、「原因不明」ならまだしも、「精神的なもの」「大げさ」「詐病の疑い」などの修飾語とともに、医療者から見放されてしまった患者も多いという。

※1 手術よりも低リスクで、高い効果が得られる。ただし、「慢性」の筋筋膜性疼痛を起こす「原因」がほとんどの場合はあるので、それへの対処として、様々な日常生活の改善は必須